6 戦闘装備と8人目?!
『あらすじ』
合宿は魔獣討伐
副会長が引率
第2演習場に集合
***
会長から解放された俺は、工藤先輩が告げた集合場所の第2演習場へと向かった。
『私と戦ったときが後輩君の全力ならば、凛花には敵わないわ』
会長の告げたひと言。
あれはいつものおふざけなどではなく、真剣だった。
以前の彼女との模擬戦で、俺はとっておきを出していない。
俺は相手の魔法を無力化できるので、ほとんどの場面で苦戦することなどなく、通常の任務で切り札を使うことはまずない。
そう考えると会長も副会長も、ステイツのエージェントの標準的な能力を上回っていると見積もって間違いない。
会長は規格外だと思っていたが、工藤先輩までも学生でありながら、並みのプロを大幅に超えているのか。
リズの話では、土の精霊王の契約者に選ばれたほどの才能の持ち主らしい。
それにイタリーは会長1人ではなく、生徒会役員の3人を警戒しているようだ。
林間合宿で一緒に行動をすることになるので、探りを入れる機会が巡ってくるかもしれない。
さて、東高には第1から第9までの演習場があり、実習やランキング戦、そして魔法の自主練に用いられている。
どの演習場も以前会長と模擬戦をした第9演習場に似た構造をしている。
俺達を含む各学年の2組は、第2演習場を使うことが多い。
屋内にあるにも関わらず、
複数のグループが同時に使う場合は、コンクリートでできた正方形のリングが地面から現れる。
俺が第2演習場に着くと、中央にひとつと、四方にそれぞれ、計5つのリングが設置されていた。
1辺が30メートルほどでボクシングのリングの3倍以上ある。
客席はガラガラだが、それぞれの舞台には学生が集まりだしている。
1年2組のクラスメイトがほとんどで、一部の知らない顔ぶれは、他の班を担当する上級生だと思われる。
「芙蓉、こっちだ」
俺の意識を呼び止めたのは、先に到着していた蓮司の声だった。
演習場に入って左側手前のリングに、これから9班として、実習に赴くメンバーが揃いかけていた。
俺は解散後、リズそして会長と立て続けに話をしてそのまま来たが、他のメンバーは準備を済ませて来たように見える。
各々が自身の戦闘スタイルに合わせた装いをしていた。
最初に声をかけた蓮司は俺と同じ制服姿だが、ジャケットの左内側に何かを仕込んでいる。
膨らみの形から銃のように見えるが、その大きさは俺が普段使う回転式小拳銃と違い、デザートイーグルの様な大口径マグナムだ。
学園側が火薬式の拳銃の携帯を許可するとは考えられないので、魔力を弾丸に変換する魔法銃なのだろう。
魔法銃ならば戦闘中に詠唱がいらないので、魔法での戦闘経験の乏しい蓮司と相性は悪くなさそうだ。
蓮司の隣にいた橘はもっと分かりやすい見た目をしていた。
彼女も服装は制服のままだが、その背中には大きな盾を背負っていた。
真っ直ぐな長方形をしており、縦に1メートルはあり、下の部分だけ左右から徐々に丸くなり合流地点は鋭利になっている。
女子にしては背の高い方の橘だが、屈めばすっかり盾に隠れてしまう。
絵柄などは記されていなくて防御のためだけのシンプルなデザイン。
材質は鉄のようにも見えるが、少し黒色を帯びているので、何らかの合金を使用しているようだ。
「橘はそんな大きな盾を背負って動けるのか?」
「何なら、持ってみる?」
俺の質問に対して、橘はなんと片手で大盾を持ち上げると、俺と蓮司の方に向けて投げてきた。
大慌てて前に出て、両手を広げて体全体で受け止めることで、なんとか地面に落とすことを防いだ。
いざ盾を持ってみると、想像よりも格段に軽かくて、すっぽ抜けそうだ。
裏側の持ち手を握ってみると、片手でも楽に上下へと動かせた。
見た目に比べて軽かったというだけで、もちろんそれなりの重みはある。
盾の表面は、硬く冷えていた金属のような手触りだが、おそらくセラミックのような材質で作られている。
これならば女性の腕力でも持ち上がるし、正面からの攻撃に対して、全身を守ることをできる。
耐久性に心配はあるが、そこは魔法でいくらでも補うことができる。
しかし俺と蓮司を驚かせたのは、軽い大盾だけでなかった。
大盾のインパクトで気が付かなかったが、橘は大盾の下に、もうひとつ小さな盾を背負っていた。
こちらは先ほどの大盾とは違って丸い形をしており、バックラーの形状だが、球状のフォルムを帯びている特徴があった。
大盾が正面から攻撃に耐えるためものならば、こちらは攻撃を受け流す用法だと推測できる。
俺は大盾を橘に返すと、彼女は片手で受け取り、慣れた手つきで再び背負った。
何気ない動作だが、そこにはかなりの練度が現れている。
次に委員長こと野々村は、制服の上から全身を覆う白いローブに木の杖を握っていた。
ローブはそのままフードが一体になっていて、頭をすっぽりと隠せる作りだが、今は背中の後ろでぶらぶらしている。
視力に不安のある魔法使いは、戦闘時だけコンタクトの使用を好む者が多いが、いつもどおりメガネをつけて、編んだ髪は後ろに流していた。
「おかしくないかな?」
制服の上にローブを羽織るのは、少し違和感があるが東高ならば、大して目立たない。
俺も蓮司も大丈夫だと肯定した。
物語の魔法使いは杖を持っていることが多いが、ほとんどの魔法の発動に杖は必要ない。
杖は大きく2種類に分類できて、1つ目は特別な魔法が込められた魔道具であり、とても貴重なので滅多にお目にかかれない。
もう1つは、打撃武器として使われる。
武器の扱いが苦手な者からすれば、刃は自身を傷つけるリスクがあるし、鉄製の武具は重くて振り回せない。
そこで接近されたときに咄嗟の攻撃用に、軽い木の杖を持つ魔法使いは少なくない。
野々村の持っている杖も木製であり、彼女の体格でも振り回せるように片腕くらいの長さで、先端が太く丸くなっている。
杖に比べてローブは実用性が高い。
俺や会長のように魔力で身体強化できる魔法使いは意外に少なく、重たい防具は魔法使いと相性が悪い。
ローブ自体の防御力は乏しくても、魔力を通すのが自身の体よりも容易なので、魔法使いが装備すれば強力な防具になる。
次にイタリーの騎士リゼットこと、リズの方は相変わらず、無表情で制服のベルトにレイピアを差していた。
先ほどはイタリー語で多くの言葉を交わしたが、また口を閉ざして、俺や蓮司とは目を合わせようとすらしない。
東高指定の制服姿は、騎士としての正装ではないが、わざわざ高校の実習で、騎士の鎧とマントを着用する必要はないと判断したのだろう。
彼女の場合は俺と違い、イタリーの騎士という出自を隠す気がない。
本国のために動いていても、あくまでも立場は魔法公社の傘下になっているので、表向きの体裁に問題はない。
母国の看板を背負ってニホンに来ている彼女は、このメンバーの中でも、突出した実力の持ち主だと考えられる。
そして女子3人の影に隠れていた、最後の1人が現れた。
陰陽師の家系である草薙の出身である胡桃は、汚れひとつない
実物は知らないが由樹の持っている本で、見たことのある巫女のような衣装だ。
生徒会書記の草薙先輩の普段着が和装だったので、彼女の戦闘衣装は着物だと勝手に想像していた。
物珍しい格好に、さすがの蓮司も目を細めていた。
「胡桃は、巫女服なんだな」
なぜだろう。
同じセリフを由樹が言うと白い視線を浴びるのに、蓮司が口にするとまったくイヤらしさを感じない。
世の中は理不尽だとつくづく思う。
せめてもの救いは、彼がまだこの場に到着していないことだけだ。
「はずれなのです。よく間違われるのですが、これは陰陽寮の正装なのです」
胡桃は口を尖らせながら否定しているが、まったく恐くない。
彼女曰く、着ているのは
たしかに言われてみると巫女服ではなく、昔の平安貴族が着ていそうな
「巫女さんは神道系なのですが、陰陽師は大陸の陰陽五行や天文学から派生した術を使うのです」
海外に比べてニホンの魔法体系は独特だ。
外国から輸入された魔法と土着の魔法との境界が曖昧で、両者を取り入れて混ざったものがほとんど。
陰陽道はその代表で、大陸からの思想・学問と、その後のニホン独自の練達がある。
たとえば占術や陰陽五行などは海外にもあるが、式神はニホン産だ。
「じゃあ、普段は着物の草薙先輩も、戦闘衣装は胡桃と同じなのか」
「静流お姉様の場合は、ちょっと……」
胡桃は言葉を濁して、その先は言いたくなさそうだったので、無理に会話を区切った。
「後は由樹と工藤先輩だな」
そう言って周りを見渡すが、2人はまだ演習場の中にはいない。
演習場に設置された時計を見ると、集合時間までまだ5分はある。
他の班もまだ集まりきっていないみたいで、演習場なのに誰も演習していない。
先輩が数人混ざっていること以外は、休み時間の教室とたいして変わらない。
周囲を見渡していると、ある一点で俺の視線が止まった。
学生の大半が制服で、戦闘装束がちらほらいたが、1人だけ明らかに場違いな格好の人物がいた。
「蓮司、あんな目立つ奴俺達のクラスにいたか?」
「いや、いたらすぐに気づくだろ」
俺たちの視線の先にいた男は、偏光レンズの入ったゴーグルに、腰辺りまで降ろした長いマフラー、そして屋内にも関わらず、ごわごわした派手なウェアを着込んでいた。
顔の半分を覆うようなゴーグルのせいで表情は分からないが、こんな異様なセンスの奴がクラスにいたとは、この2週間では把握できなかった。
ウェアは橙色をメインにした暖色系で、それ自体は悪く感じないが、演習場にその格好で現れたせいで、1人だけ種目が違うように感じてしまった。
そう1人だけ、まるで冬のゲレンデにいるようだ。
それになぜ、ゴーグルを付けているのだろうか。
屋内なのだから、外せばいいのに。
男は俺たちの視線に気がついて、手を上げて大きく振ってきた。
「おい蓮司、なんだかこっちに手を振ってきたぞ」
「無視しろ。あんな派手な奴の知り合いだと思われたら、こっちが恥ずかしい」
見た目も中身もイケメンの蓮司でも、さすがに許容範囲外でフォローできないほど痛いらしい。
そんな会話をしていたら、ゴーグルがこちらに近づいてきた。
「おい蓮司、こっちに向かって来ているぞ」
「気にするな。こういうときは自意識過剰に反応すると地雷を踏みぬくことになる」
しかしマフラーは、まっすぐに俺達の方へと足を進める。
そんなに俺達が、じろじろ見ていたことが気に触ったのか。
それとも今まで気がつかなかっただけで、クラスにこんなやつがいたのか。
「おい蓮司、じっと見ているぞ。何か声を掛けた方がいいんじゃないか?」
「気のせいだ。ゴーグルで表情が見えないから、そう感じてしまうだけだ」
しかし俺はひとつの可能性に辿り着いた。
寮は1部屋に4人で、留学生には別の寮に入る選択肢がある。
例えば、リズの場合は一般寮にいるが、留学生達の寮でイタリー出身の学生と同室に入ることもできる。
その場合は寮のベッドが1つ空くが、実習などではもとの部屋のメンバーと組むことになる。
そして俺達は、4人部屋に3人で生活している。
つまり実はもう1人留学生がいたのかもしれない。
「蓮司、もしかして俺達の班にもう1人いたとか」
「留学生ということか。俺は聞いてないけどな」
ゴーグルにマフラーの4人目(?)は、左腕を胸元に、右腕を上げてターンを始めた。
「おい蓮司、回り始めたぞ。声をかけてやれ。お前なら大丈夫」
そしてもう1度ターン。
「流石に痛すぎるぞ。誰であっても受け止められない」
そしてゴーグルは、キュッと足を止めて、腕を回しながら軽く会釈してきた。
「蓮司、これ俺達に向けて挨拶しているよな」
「段々かわいそうになってきたな。それに周りからも拾えと視線が飛んできている」
気恥ずかしさと、無視をしてしまった罪悪感が入り交じりながらも俺たちは声をかけた。
「もしかして、同じ9班のメンバーか?」
「悪いな、こっちは何も聞かされてなくて」
俺、蓮司の順だ。
そしてマフラーの男は、おもむろに髪をなびかせながらゴーグルを外して素顔を見せた。
「ノンノン、ノン。芙蓉も蓮司も他人行儀だな。この期待のルーキー、YOSHIKIの登場さ」
ゴーグルは留学生などではなくクラスメイトどころか、入学以来、毎日顔を合わせている俺達の寮のルームメイト、冴島由樹だった。
普段から女子にモテたいと豪語している彼は、ゲレンデにいそうなウェアにマフラー、ゴーグルを身につけていた。
ウェアで少し体格が増しており、ちゃっかりワックスで髪をセットしていたので、ゴーグルを装着したら、彼だと分からなかった。
由樹が風魔法を使うことは知っていたが、具体的な戦い方は聞いたことがない。
そもそも東高で戦闘装束が自由なのは、伝統的な固有魔法の使い手や、魔道具を使う生徒のための制度で、四元素魔法を扱う彼の場合は、制服で十分なはずだ。
しかもゴーグルはまだしも、マフラーとウェアが戦闘に必要とは思えない。
「由樹さん。本日はいかがな理由でそのような格好をしておられますか」
「なんで敬語?! 芙蓉?」
「いえいえ。芙蓉はいつもの通りですよ。おかしいのは由樹さんの方ではありませんか」
「蓮司まで敬語?!」
「いや、せっかく服装が自由なんだし、サングラスと迷ったけど、ゴーグルにマフラーとか、冬のゲレンデにいる感じが女子にモテるんだろ」
うん……ナニを言っているのだろう。
全く意味が分からない。
そんな付け焼き刃でモテるわけがないであろう。
むしろ違和感が際立っている。
彼には『ゲレンデでやれ』という言葉をプレゼントしよう。
由樹の中でのモテる男イメージを1度正した方が良さそうだ。
ステイツでは訓練と任務の日々で、ニホンに来てまだ日の浅い俺だが、もっとセンスがあると思う。
そしてもう少し由樹に構ってやりたかったが、集合時間の14時になってしまった。
「よしっ。全員揃っているな」
由樹に気を取られて、いつ演習場に入って来たのか分らなかったが、工藤先輩が時間きっかりに声をかけてきた。
全員ということは結局、4人目の留学生説は間違いで、元々人数が余って3人ということだった。
班のメンバーはポジションと入学試験の順位で決まる。
1人足りなくて、さらに最下位の俺がいるということは、残りのメンバーはかなり優秀な面子が集められているのかもしれない。
***
『あとがき』戦闘装備まとめ
高宮芙蓉:無手
的場蓮司:魔法銃?
橘由佳:
野々村芽衣:杖とローブ
リゼット・ガロ:レイピア
草薙胡桃:
YOSHIKI・SAEJIMA:ゴーグル、マフラー、ウェア、そして背景は冬のゲレンデ
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