4 同盟成立
***
『あらすじ』
林間合宿は魔獣退治
一年生7人+上級生
上級生は会長?
***
「盛り上がっているところ悪いけど、そのフラグはニアミスだ」
俺たちの前に現れたのは話題の生徒会長様ではなく、その補佐の副会長の
指定のスカートではなく、男子と同じズボンを当然のごとく着こなし、バットケースを肩にかけたボーイッシュな女子生徒。
男装の麗人という言葉は、まるで彼女のためにあるようなものだ
そしてこの工藤先輩は、生徒会副会長にして校内ランキング3位の実力者。
本校の1位2位は共に、コミュニケーション能力に欠陥があるので、実力的にも人格的にも俺達は、担当の先輩に恵まれたと思う。
「ちょうど見かけたからな、午後は教室で顔合わせの予定だったがここで済まそう」
工藤先輩の言う通り、本来であれば俺達の午後の予定では、教室で担当の上級生を待ち、そこで誰であるのか知ることになる段取りだった。
少々フライング気味だが、特に問題はないので、工藤先輩も俺達に話しかけたのだろう。
「実習に赴く前に、メンバー全員の戦闘スタイルを確認する。各人、準備をして14時に第2演習場に集合するように」
午後に行われる明日の準備ってそっちか。
てっきり現地での役割担当を決めたり、荷造りをしたりなどを想像していたが、いきなり実技をやらされるとは思っていなかった。
戦闘の準備とは、武器や服装、そして心構えのこと。
東高の制服は動きやすく、それなりに頑丈だが、固有魔法の系統によっては伝統的な装束があったり、より自分の戦い方に合わせた戦闘服を準備したりする学生もいる。
俺の場合はエージェントとして活動するときは、その場に合わせて服装を変えるが、スーツに黒コートが基本スタイルだ。
今回の実習では、制服と動きやすい普段着が数着あれば十分だろう。
一般人からしてみれば、魔法使いが武器を持つことを、不思議に思う者もいるかもしれないが、対人・対魔獣を想定するならば、半数以上が武器を使う。
剣や錫杖など物理的なものや、魔法銃、呪符などの魔法具の類もあり、ライセンス持ちの魔法使いならば魔法公社に申請することで、ニホンでは銃刀法の取り締まりの対象にならず、いくつかの制限はあるものの使用可能になる。
学生でも学校に申請することで、学内と実習先での所持・使用が許可される。
俺の場合はナイフや拳銃、爆弾、催涙ガスなど、状況に応じて使い分けるが、学校に届け出ていないし、火薬式の銃は許可が下りないだろう。
よって俺は、この身ひとつで第2演習場へと向かうことになる。
蓮司も由樹も準備があるとのことで、1度解散することになった。
***
カフェテリアで解散してから、そのまま演習場に向かおうとしたら意外な人物に呼び止められた。
『芙蓉・マクスウェル、少し、時間欲しい』
イタリーの騎士リゼットがその透き通った声で、母国語を使い話しかけてきたのだ。
少し驚いたが、すぐにエージェントとしての自分へとスイッチを切り替えた。
仕事モードになったのは、リゼットが話しかけてきたことや、イタリー語で話しかけられたことが理由じゃない。
東高では高宮芙蓉で通していて、マクスウェルの姓はステイツの仲間しか知らないはずだからだ。
『ニホン語、駄目。聞かれたくない』
俺は吸血鬼の真祖である
イタリー語もそのひとつだし、エージェントになった後も、語学だけは欠かさず勉強を続けていたので、使い勝手はニホン語と対して変わらない。
『あんたは何者だ』
俺は彼女に合わせて、イタリー語で短く返事をした。
『警戒いらない、手を組みたい。移動必要』
リゼットの言葉は端的であるが、発音自体はとても綺麗で聞き取りやすい。
少々言葉足らずなのは、単純に性格の問題なのだろう。
先に彼女が歩きだし、俺も警戒を続けながらも追従する。
その間、会話は一切なく、まるで他人のような距離感で俺達は、中庭の目立たないところまで移動した。
完全に隠れたわけではないが、声を聞かれる心配はない程度まで周りから離れた。
それにイタリー語で話せば、多少不自然であっても盗聴されるリスクは減る。
これが人のいない校舎裏や空き教室ならば、勘ぐる者もいるかもしれないが、程よく人目に触れることは都合が良かった。
『私もあなたと同じ。九重紫苑を危険視したイタリーから派遣された騎士』
移動中に予想していた第1候補と合致した。
西洋の騎士団は他の魔法結社とは、少し立ち位置が異なっている。
名称や形態は違えど、各国の魔法結社は歴史的に、時の政府の管理下にあったものがほとんど。
2回に渡る大戦の後、政府は魔法戦力を放棄したため、伝統のある魔法結社らは魔法公社の傘下へと収まることになった。
しかし騎士団は、王侯貴族の配下や、自警団が土台になっていて、組織内部の魔法使いは一握りしかいない。
そして民主化に伴う王政の弱体化と共に、騎士団の幹部は政権の内側へと参入していった。
つまり騎士団は政府の下ではなく、政府と対等な存在であり、時代によっては政府そのものであった。
現在は多くの騎士団で、その幹部が魔法公社の要職に就くという形で体裁を保っている。
そして団員の中には、公社より国の利益を優先する国粋派が多く存在している。
『手を組みたいというのは、イタリーとステイツで足並みを揃えたいということか?』
リゼットの口ぶりからして、俺がステイツのエージェントであることはすでにバレている。
わざわざ隠そうとするよりも、堂々とした方が話の進みが早い。
『いいえ、私とあなたの間で』
すぐにその言葉の意味を察した。
ステイツの上層部では会長の扱い関して強硬派と穏健派で揉めており、現在は
ステイツがそうであるように、イタリーも一枚岩ではないことは容易に想像できる。
彼女が留学生の寮ではなく、一般寮で橘達と生活しているのは、イタリーの主流派ではないためという仮説が思い浮かぶ。
そしてリゼットの方も、ステイツ政府側で意見が割れていることを想定しているのだろう。
『なぜ、俺なんだ。九重紫苑を狙う組織は多くあるだろ』
あえて九重紫苑を守る側ということは伏せて、彼女の意図を訊ねた。
『あなた、自覚足りない。九重紫苑に捕まって授業をサボった。女子寮のバルコニーで一晩中ケンカした』
指摘されてみたら、たしかにそうだと認めるしかない。
入学してまだ2週間にも関わらず、人目のある場所で彼女との接触が多すぎた。
しかし両方とも俺から積極的に行ったわけではないので、不可抗力にしてほしい。
こういう身分を隠して、腹の探り合いが多い任務は俺に向いていないと思う。
それにしても俺がステイツからの帰国子女という情報から、政府の犬だと裏付けを取るにはあまりにも早すぎる。
『入学式のとき、九重紫苑の挑発で身構えた人物は、できる限りリストアップした。特にあなたは誰よりも早く覚悟を決めた。各国はあなたのことを九重紫苑の周辺人物として、動き始めている』
またあの生徒会長様のせいだ。
もう済んだことだと忘れていたが、会長様の悪ふざけの影響が意外な形で残っていたか。
今のところリゼットの主張に矛盾はなく、たしかに的を射ている。
俺もあのときに対応した人物を数人覚えているが、彼女のように積極的に調べる余裕はなかった。
このことだけでも彼女の実力の一端が
ステイツでは公私ともにマクスウェルの姓で生活していたので、調べればそこまでは出てくるかもしれない。
しかし俺が“魔法狩り”として暗躍していたことまではたどり着けないはずだ。
『生徒会の3人について、どの程度知らされている?』
今度はリゼットの方からの質問だ。
彼女自身がどこまで知っているのか判らないので、あまり
『精霊殺しの剣』と『第5の精霊王』については触れないことにした。
『会長は東高で歴代最強であることと、第5公社の構成員の可能性が高いこと。あとは推定の域だが、第5公社が他の公社へ何らかの対抗手段を持っていることくらいだ。俺の上司ならば、他にも知っているかもしれない』
この時点では、リゼットと情報の擦り合わせができれば、十分な収穫だと考えていた。
しかし彼女からもたらされた情報は、俺の想像をはるかに超えていた。
『そう。イタリーの騎士団は歴史的に第3公社との繋がりが深い。そしてここ5年、第3で土の精霊王の契約者が空席』
彼女のいう通り第3公社の本部はベルヒエにあり、欧州の多くの魔法結社が関わっており、イタリーの騎士団もそのひとつだ。
しかしなぜ生徒会と第3公社が関係あるのだろうか。
ましてや精霊王との契約者に関する情報は、俺達の様な実働部隊が知れるような事項ではない。
精霊王との契約者は魔法公社の最大の切り札であり、第1から第4までの公社はそれぞれの属性で優秀な使い手を確保して、契約者を絶えさないようにしている。
第3公社は歴代の土の精霊王との契約者を抱えているはずだ。
『昨年、ニホンで行われた精霊祭で土の精霊王の半身が顕現。東ニホン魔法高校の学生を契約者として見初めた』
そこで土の精霊王と東高が関係してくるのか。
精霊王は契約者無しでは、完全な顕現はできないが、特別な条件下でならば力の一部を地上に降ろすことができる。
そして東高で1番有名な土属性の使い手といえば、
『土の精霊王は新たな契約者に、工藤凛花を選んだ』
やはり副会長の工藤先輩だったか。
精霊王に選ばれるということは実戦経験は別として、才能だけならば、土属性の魔法使いの中で、世界一ということになる。
やりたい放題の会長が目立つせいで気がつかなかったが、あの副会長もとんでもない人物のようだ。
『ならば工藤先輩は、土の精霊王の契約者なのか』
契約者とのブッキングなんて、エージェントになってからの4年間で初めての事態だ。
しかし状況はそれ以上だった。
『いえ。土の精霊王は撃退。工藤凛花は土の精霊王よりも九重紫苑を選んだ』
会長を選ぶと、精霊王の契約者にならないということがよく分からない。
別に契約者になっても、第3公社に所属する義務はない。
契約者になることは、魔法使いの憧れのひとつであり、断るなど考えられない。
まして精霊王は撃退できるようなものではない。
彼らの本体は精霊界にあるとされており、一方的に力を振るい、絶対的な存在なはずだ。
『工藤先輩が、土の精霊王を撃退したのか』
『いえ、言葉不足。九重紫苑と草薙静流を加えた3人が戦闘に参加。撃退に使った魔法に制約がなければ脅威』
なるほど、読めてきた。
会長が“精霊殺しの剣”を所持しているという情報は、この土の精霊王の撃退から来ているのだろう。
精霊王の顕現は最強の魔法だか、制約が厳しすぎる。
契約者は魔力を永久に失うし、新たな契約者が公社の人間である保証がないので、気軽には使えない。
15年前に第2公社のガウェインが水の精霊王を顕現したのが、公式記録では最後。
契約者のいない精霊王の力が半分程度だとしても、それを撃退した力を、東高の生徒会役員が制約なしに気軽に使えるならば、各国が警戒するのも当たり前のことだ。
『それでリゼットの目的は? あの3人をどうしたい』
『私の任務は生徒会役員の身の安全の確保。本国の強行派の行動を抑える』
やはりイタリーも一枚岩ではないようだ。
彼女の派閥は生徒会の3人を守ることで、間接的に権力争いで優位に立つ意図もあるのだろう。
だからステイツとイタリーではなく、俺とリゼットでの同盟ということだ。
利害が一致する以上、反対する理由はない。
『分かった。リゼットの提案に乗るよ』
『リズでいい。あなたが表。私が裏で動く』
俺はどちらかというと裏で動く方が得意だがリゼット、いやリズの提案で間違っていない。
すでに会長達に接触してしまっているので、俺が表の担当で仕方がない。
ここに俺とリズの間で生徒会役員を守るための同盟が成立した。
俺の当初のターゲットは九重紫苑だけだったが、残りの2人も“精霊殺しの剣”と関わっているならば、無視できない。
『リズ、これからよろしく頼む』
『さっそく、よろしく』
ん?
なんのことだ。
後ろを振り返ると、すぐにその意味が分かった。
道行く人の中に俺達のことを気にとめる者はいても、すぐに立ち去っていくし、声は聞こえてないはずだ。
しかし背後の建物の屋上に、見覚えのあるシルエットがあった。
もちろん表情までは見えないが、目が合ったような気がする。
別にやましいことはないが、リズと一緒にいるところを見られると面倒だ。
リズに対応を相談しようと正面に視線を戻すと、先ほどまでいた銀髪の少女の姿はなかった。
あいつ、1人だけ逃げやがったな。
彼女の判断は正しいが、なぜか釈然としない。
結局なぜ会長を選ぶことが、精霊王を撃退することなのか聞きそびれた。
そして屋上にいたはずの人物がすでに背後に迫っている。
「後輩く〜ん」
さて、見覚えのあるシルエットが何者であるのか、説明する必要はないだろう。
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