2 課題は魔獣討伐

「きたきた、キター。きゃっほー♪」


 由樹の歓声が教室に響き渡った。


「というわけで、午前中は魔獣について集中講義するぞ」


 職務に忠実な後藤先生は、由樹の心からの叫びをさらりスルーした。

 以前、会長が教室に押しかけたときもそうだったが、後藤先生は学生が少し騒いだ程度では動じない人物だ。

 また、いつもだと女子から由樹に対して、冷たい眼差しが送られるのだが今回は違う。

 彼だけでなく、男女を問わずクラス全体が浮わついているようだ。

 

 後藤先生は宣言通り魔獣についての講義を始めた。


 魔獣とは、その名の通り魔力を持った獣が大半だったが、近年では獣以外の形態も多く報告されている。

 現在は魔界からやってきた外来種を魔獣として定義しており、地球上では繁殖することができないことが特徴。


 と言っても実際に魔界に行って帰ってきた人類は誰もいないので、どこまでが本当なのか分からないままだ。

 ほとんどの魔獣が魔力と高い身体能力を持つため、銃火器だけでの制圧は困難。

 特に上位の魔獣は魔法使いでないと全く対処できない。

 魔獣が発生しやすい土地はある程度決まっており、現れた魔獣はその地に根付き、離れることはとても稀だ。

 そして古くからどの国でも、人の生活圏に入ってきた魔獣は、魔法使い達によって秘密裏に処理されてきた。

 魔獣に対抗することは魔法使いの重要な職務であり、世界各地に独自の魔法結社が乱立していた。


 しかし19世紀に入り情勢は一変した。

 文明の急速な発展に伴い、人の活動拠点が広がることによって、魔獣との衝突が増加したのだ。

 古くから魔獣狩りをしてきた結社だけでは、対処できない地域が次第に増えていき、文明の発達にブレーキが掛かろうとしていた。

 そんな人類に対して天恵がもたらされた。

 4柱の精霊王が四元素魔法を授けたのだ。


 四元素魔法は瞬く間に世界中に普及し、魔法使いと魔獣の存在は公にするしかなくなった。

 そして2度の大戦を終えて、魔法公社によって統制された社会が誕生したことにより、魔法使いの社会的地位が確立していき、彼らは人々の憧れになった。

 魔獣が出現した場合、退治を専門にしない魔法使いでも、市民を守る義務がある。

 このような背景から魔法使いを志すならば、魔獣との戦闘は避けて通れない。


 今回の実習の行き先は、公社が管理している魔獣が発生しやすいスポット。

 比較的弱い個体しかいないので、全滅させずに適当に間引いて、学生の訓練用と研究目的に残してある。

 具体的な場所は非公開で、近くまで学校側が準備したバスで行き、残りは徒歩での移動になる。

 現地では各班で野営を設置する必要があって、装備と食材は学校が準備してくれるが、バスから先は自分達で運ぶ必要がある。


「先生、なぜ男女混合で班を編成するのでしょうか?」


 いつの間にか魔獣に関する講義は中断され、実習に関する説明会になっていた。

 質問をした橘由佳たちばなゆかは、ポニーテールにキリッとした目つきをした蓮司に匹敵するイケメン(女子だけど)だ。


「昨年までは別々だったのだが、とある会長の傍若無人ルールブレイクによって今年から変更になった」


「ぶふー」


 隣に座る由樹が急に吹き出した。

 今の後藤先生の発言の何が彼のツボに入ったのか、俺にはよく分からない。

 他にも何人か男子生徒が笑いを堪えているが、教室の大半が無反応だ。

 俺が理解できないのは、ニホン文化に馴染みがないからだけではないのだろう。


 『とある会長』って、あの人ならやりかねないな。

 自分は実習を終えているのに、下級生達の行事にまで口出しするのか。


「実際のところ毎年、男子は料理、女子は野営設置に苦戦するので、男女混合については賛成している教員も多い。もちろんテントは男女別だぞ」


(((そんなバカな!)))

「そんなバカな!」


 後藤先生の付け足した最後のひと言に対して、多くの心の声が教室に響いたが、1人だけ言葉にした勇者がいた。

 誰のことかはわざわざ説明する必要はあるまい。


 そして余計な話題に触れている間に午前の部が終了する時間が迫ってきて、後藤先生は必要事項を急ぎで説明した。


「各班には上級生が1人ずつ付く。本日のクラスはこれで解散。午後の全ての授業は休止になる。詳しい説明は担当の先輩に聞くように」


 そして最後に後藤先生の口からとんでもない一言が放たれた。


「あぁ、そうだ。ちなみにこの実習で課題を達成できなかった生徒は、その時点で退学処分だからな」


 一気に教室全体の空気が凍りつく。

 林間学校を明日に控えて、テンションの高かった教室が静まり返っている。


「「「うそだろー!」」」


 誰かが発した言葉を発端に、教室の中は大荒れになった。

 わめき散らす者、あからさまに暗くなる者、周りと励ましあう者などまちまちだ。

 しかし後藤先生はすでにいない。


 すっかり失念していたが、東ニホン魔法高校は数ある魔法高校の中でも、ニホンに2つしかない魔法公社運営のエリート校だ。

 普通に3年間過ごしていたら卒業、などという甘い場所ではない。

 東高の卒業生はプロとして、現場での即戦力を期待されている。

 留年や退学の処分もあれば、ランキング戦や実習で病院送りということもある。


 錯乱するクラスメイト達を眺めていたら、蓮司が普通に声をかけてきた。


「芙蓉、由樹、学食で飯にしようぜ」


 後藤先生の突然の告知だったが、彼はいたって平気なようだ。

 初めての実習だが、自信があるのだろうか。


「まぁ、なるようになるさ。それにここで退学処分になるようなら、東高で生き残ることも、その先の魔法使いとしての就職も無理だろ」


 蓮司の意見はもっともだ。

 一方、由樹の方はというと……だいぶ深刻だ。


「せっかくの男女合同の班なのに、どうしてテントが別なんだ。そこは同じテントでドキドキイベントがお約束だろ!」


 深刻であることには変わりないが、大勢とは別の意味で深刻であった。

 彼の場合は暫定順位もそこそこ上だし、中学の魔法科で戦闘訓練もしているらしいので大丈夫だろう。

 とりあえず俺たちは、消沈している由樹を引っ張って、教室を後にした。

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