2章 会長と行く林間合宿は、晴れときどき〇〇〇(仮)

1 きたきた、キター。きゃっほー♪

『まえがき』

いつもアクセスありがとうございます。

2章開幕です。

SSショートストーリーを飛ばした方は戻ることを勧めます。

内容が繋がらない箇所が発生します。

 ***


 九重紫苑ここのえしおんは生徒会長であり、“絶対強者”だ。

 東ニホン魔法高校、通称東高ひがしこうの誰もが知っている常識。

 それは世界各国においても共通認識だった。

 そして学生の身でありながら第5公社の所属の彼女には、“精霊殺しの剣”を保有しているという噂がついて回っていた。

 各国が彼女に接触を試みたが、成功した者は誰もいない、先日までは。

 俺はステイツのエージェントであることを隠しながらも、彼女との関係構築の第一歩を踏んだ。


 ***


 東校に入学して、3回目の月曜日を迎えていた。


 最初の1週間を振り返ると、

 ・入学式で、会長に殺し合いドッキリをくらった。

 ・会長に覗き&痴漢呼ばわりされた。

 ・授業中、衆人環視のもと会長に強制連行された。

 ・会長に模擬戦で気絶させられた。

 ・勢いで、会長を守ると約束してしまった。

 ・会長と徹夜で格闘戦を繰り広げた。

 改めて振り返ってみると、あまりにも濃すぎる1週間だった。

 それに比べれば次の週は、物静かなものだ。

 普通の高校生を演じるだけで、大きな進展はなかった。

 しかしニホンには“嵐の前の静けさ”という言葉があるらしい。


 ステイツから俺に与えられた任務は、九重紫苑の護衛と調査の2点。

 しかし彼女に危機などありそうもなければ、肝心の調査も進んでいない。

 分かったことは、会長が圧倒的に大きな魔力を駆使してまともな魔法を使わずに校内ランキング1位に君臨し、各国エージェント達を返り討ちにしていること。

 そもそもあれに護衛なんか必要あるのだろうか?

 直属の上司のフレイさんは余計なこともするが、指揮や采配に関しては有能な人物だ。

 俺を送り込んだということは、何か意味があるのだろう。


 考えごとを1度畳み、早朝のランニングに集中する。

 朝日が昇る頃、なんの変哲も無い紺色のジャージを着て、寮を出発した。


 俺の魔法は身体能力を強化するとはいえ、強化する土台の肉体が貧弱だと十全に力を発揮できない。

 ランニングや筋トレなどの基礎体力、筋力作りはステイツにいた頃からの習慣だ。

 肉体の仕上がりは今の骨格にかなり最適化できているので、これ以上の筋力増強は身軽さとトレードオフになってしまう。

 そこでここ数年は有酸素運動の比重を上げている。


 東高の敷地面積はに広く、1周走るだけでも、かなりのトレーニングになる。

 今日は外周に添って回る予定だが、毎回コースを変えながら走るつもりだ。

 九重紫苑の護衛をする以上、校内での戦闘の可能性が高いので、自分の足で何度も走って地形を体に覚え込ませる。


 トレーニングとしてのランニングはただがむしゃらに走るものではない。

 足のリズムや呼吸、体の動かし方へと意識しながら前へと進む。

 最初はひとつのことに意識を向けて徐々に広げていくとことで効果が増す。

 特に俺のとっては、一点集中と全体への意識を切り替えをスムーズに行えるかは、身体強化の魔力配分の変更速度大きく影響する。


 走っていると、俺以外にもランニングをしている生徒をちらほら見かける。

 互いに軽く会釈をしてやり過ごす。

 グラウンドの横を駆け抜けたときは、朝の練習をしている運動部をいくつか見かけた。


 ***


 朝の日課を終えた俺は、寮の自室のシャワーで汗を流して、制服へと着替えた。

 一見きっちりとしたブレザーだが、戦闘実習を想定しているので動きやすく、とても頑丈だ。


 シャワーを浴びる前は、まだ部屋にいたルームメイトの2人は、朝食のために食堂に行ったようだ。

 けっして仲が悪い訳ではないが、四六時中べたべたと一緒にいるわけでもない。

 俺も運動をして空かした腹を満たすために、2人の後を追って、寮の食堂へと向かう。


 多少の時間のズレがあるが、食堂では約50人の寮生が一斉に食事をする。

 メニューは日替わりの一択で、朝食は和食と洋食が交互に出てくる。

 当然のことながら、気に入らなければ自分で調達するという選択肢もある。

 今朝はシンプルな和食の日で、ご飯に鮭と味噌汁、漬物とほうれん草が小鉢に添えられている。


「お〜い。芙蓉、こっちこっち」


 どの席に座ろうか悩んでいたら、ルームメイトに声をかけられた。

 俺を呼んだのは、眼鏡をかけたひょうひょうとした男。

 席についてからまだあまり経過していないようで、ほとんど手つかずの朝食がテーブルにある。

 冴島由樹さえじまよしき、自称期待のルーキーで普段からモテたいと豪語している。

 ひょろい体のわりに図太い精神の持ち主だ。

 一方で魔法に関する幅広い知識と、深い考察を持つ勉強家な一面もある。


「ランニング、お疲れさん」


 もう1人のルームメイトの的場蓮司まとばれんじも同じテーブルに座っている。

 髪をアップバングでセットし、第2ボタンを開けたワイシャツの隙間からは、がっしりした胸板を覗かせている。

 そして腕に巻いたバンダナがトレードマークだ。

 彼みたいな体格は、ニホンでは細マッチョと言われて、異性に好まれる様だ。

 ちなみに俺も細マッチョの部類らしい。

 蓮司はすでに朝食を終えており、食後のコーヒーをすすっていた。


「朝から走るなんて、俺なら御免だね」


 目元のクマを育成中の由樹がだるそうにこぼした。

 昨晩は俺が寝室に入ったとき、彼はまだ机に向かってゲームをしていた。

 当初はこんなんで東高でやっていけるのかと思ったが、余計お世話だった。

 器用なことにこの男、PCでゲームをしながら机の上に開いた魔法書を読んでいた。

 しかもしっかり内容が頭に入っているのだ。


 蓮司と共に抜き打ちで本を取り上げてみたことがあるが、彼は読んでいたページの内容をしっかりそらんじた。

 しかしそんな生活をしているので、週の始めから寝不足スタートだ。


「一般的には机に齧りついているよりも、運動した方がモテるぞ」


 蓮司の方は体調万全の様相で、俺たちの食事に合わせて、コーヒーをゆっくりと飲んでいる。


「ニホンではそうなのか? 由樹も一緒に走るか?」

「嫌だね。足が早ければ、モテるのは小学生までさ」


 どうも蓮司と由樹の間で、意見が食い違っているようだ。

 そしてそれ以上踏み込んでいないのに、由樹は独白を始めた。


「中学の魔法実習で……風魔法で高速移動したら、当時狙っていたエミちゃんから『走り方が気持ち悪い』と一蹴されたのさ……さすがに気持ち悪いはないだろ。気持ち悪いは」


 由樹の全身から負のオーラが噴出しはじめた。

 どうやらトラウマスイッチを押してしまったようだ。


 2人の間で、ズレていた論点が分かった気がする。

 蓮司が口にした運動している奴がモテるというのは、単純に身体能力が高いということではない。

 その過程の努力や汗を流すスポーツマンとしての姿が絵になるのだろう。


 由樹の場合は、高速移動という結果だけを求めたから、早く走れても、モテる要素は何ひとつなかったのだ。

 過程よりも結果を求めた由樹の姿勢は、魔法使いとしてならば正しく、素養があると思う。

 しかし魔法を研鑽けんさんすればするほど、モテたいという彼の願望からは、どんどん遠ざかっていく。

 逆説的には、モテるために運動へとシフトチェンジすると、彼の魔法使いとしての才能のひとつを潰してしまうかもしれない。


「まぁ、人には向き不向きがあることだしな。そういえば、今週から班での実習が始まるぞ」


 蓮司も同じことを考えていたのか、話題を変えてきた。

 東高のカリキュラムは決まった時間割を毎週繰り返すのではなく、様々な実習や課外活動が組まれている。

 そして1年生最初の実習は毎年決まっている。

 林間合宿というとありふれているかもしれないが、その中身は第1公社が管理する霊峰で行われる2泊3日の魔獣討伐の実技演習。


 魔獣との戦闘をカリキュラムに取り入れているなんて、さすが魔法公社の傘下の高校だと感心してしまう。

 危険が伴うからということではなく、実技で扱う同品質の魔獣を学生人数分確保することが困難だからだ。

 そのためにわざわざ霊峰に赴いて、林間合宿を行いう。

 しかしひとつ気になることがあった。


「林間合宿の班はこのメンバーなのかな」

「部屋割りは、わざわざ実力とポジションでバランスをとっているから、最初の実習はこの3人の可能性が高いだろ」


 俺の他愛もない疑問に蓮司がもっともらしい答えを返した。

 1年だけの課外実習ということは、会長の監視は別働隊に任せることになる。

 蓮司と由樹が一緒ならば、変に気を使う必要もないので、林間合宿は楽しみだ。

 学生実習程度の魔獣など脅威ではないので、任務のことを忘れて羽を伸ばせる。


「あ〜ぁ。どうせなら女子と同じ班がよかったなぁー」


 以前にも聞いたようなセリフが、由樹の口から発せられる。


 相変わらず特に代わり映えのしない朝を過ごしながら、食事を終えて教室へと向かった。

 “しかしいつも不遇な役回りの由樹の願いが叶うとは、この時は誰も予想していなかった”


 ***


 朝のホームルームでは、クラスの大半が明日からの林間合宿への期待と不安で浮き足立っていた。

 そこに担任の後藤健二ごとうけんじ先生からまさかの通達があった。


「明日からの林間合宿は男女混合の班編成で、それぞれの寮の部屋番号が同じ9から11人の班で行う」


「きたきた、キター。きゃっほー♪」


 寝不足も、トラウマスイッチによる負のオーラも、全てをかき消す由樹の歓声が教室に響き渡った。

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