7 平穏な朝

『あらすじ』

任務は会長の護衛と調査

東高に入学

会長に覗き扱いされる

***


 寮で朝食を済ませた俺は、蓮司、由樹と共に1年2組の教室に向かった。

 東高の敷地面積は大きく、同じ学校内のはずなのに、寮の玄関から教室まで歩いて10分も掛かった。


 教室には前と後ろにひとつずつスライド式のドアがあり、俺達は後方から入った。

 新品の制服で身を包んだクラスメイトが半数ほど登校していた。

 教室の作りはシンプルで、正面に黒板と教壇があり、机と椅子が並んでいる。

 座席順はすでに決まっており、昨晩寮で座席表が配られている。

 ルームメイトの2人と相変わらず一緒で、俺の隣が由樹で、後ろが蓮司の席だ。

 黒板と逆側になる後方には、人数分のロッカーが並配置されており、足りない分は出入口とは逆側の壁に続いている。

 コートを掛けられるような縦に長いタイプだ。

 男子は留学生と思わしき者が2人ほどいるが、他は同じ寮の住人なので、昨晩食堂で見た顔ばかりだ。

 

「なぁ芙蓉、やっぱ話かけるなら女子だよなぁ」

「別にどっちでもいいけど、目が血走っているぞ」


 ホームルームまでまだ時間がある中、由樹がクラスの女子に話かけようと挙動不振になって、怖がられていたので、無理やり席に引っ張った。

 逆に蓮司は女子の方から声を掛けられていた。

 魔法高校でも恋愛格差はあることが入学2日目で判明した。


「くそ。なんで蓮司ばっかり、モテるんだ」


 蓮司自身は適当に会話を流して俺達の方へ戻って来て、由樹の発言を否定する。

 

「少し挨拶されただけだろ。別にたくさんモテたって、一緒になって愛せるのは1人だけなんだから意味がないだろ」


 それでも教室の半数が彼のことをちらちらと見ている。


「そういう発言をさらりとするのがムカつく。モテる奴だから言えるんだ!」


 別に由樹も本気で怒っている訳ではないので、止めるつもりはない。

 ステイツにいたときと違って、命のやり取りのない他愛もない朝というのは悪くない。


***


 時計が8時を示すと、チャイムが鳴り止む前に、2人の教員が入って来た。

 1人は寮監の後藤先生で、昨日と違ってしっかりとしたスーツを着ている。

 もう1人はかなり若い女性で、こちらもスーツで決めて、茶色く染めた髪は後ろで結ってある。


「今年度の1年2組を担当する後藤健二だ。教科は座学の魔法基礎論だ」

「副担任の奈瀬深雪なせみゆきです。今年からの新任ですがよろしくお願いします。担当教科は水属性の実技です」


 選択科目の多い東高だがクラス単位での実習もあるので、担任は教科以外でも接点が多くなる。

 後藤先生が俺たちの寮監のように、奈瀬先生も同じ2組の女子寮の寮監だった。

 どうやら1年生の担任が、そのクラスの寮監も兼任するようだ。


***


 東高では入学式の次の日から授業がある。

 魔法だけでなく、高校の一般課程も扱うので、カリキュラムはかつかつだ。

 全員が寮生なので、早朝や夕方に授業や実習があることもある。


 1限の数学は、いきなり実力を見るためのテストだったが、俺は5年前の時点でローズかあさんから高校レベルの勉強を叩き込まれているので難なくこなした。


 そして今行われている2限目は、後藤先生の担当の魔法基礎論。

 俺は魔法に関して実践派で、理論はさっぱりだが、初日は基本的な話だったので特に問題なさそうだ。

 教科書はなく、後藤先生が講義をしながら、学生に質問を投げている。


「四元素魔法の最終到達点が精霊王の顕現だな。契約者だけが行使できる力で、精霊王1柱に対し、契約者は1人まで。戦後からは第1から第4までの魔法公社が4人の契約者を独占している」


 19世紀に入って人類に力を授けた精霊王は、無差別に近い勢いで魔法を広く配っておきながら、特別な相棒を選んでいる。

 戦後数年で魔法公社が絶対的な地位を築いたのは、精霊王との契約者が全て、魔法公社の所属だったことが大きく影響している。

 精霊王の魔力はどんな魔法使いや魔獣よりも大きく、こちらの世界に顕現しても、本体は精霊界にあるので、傷つけることはできない。

『精霊殺しの剣』がどの程度のものかは分からないが、精霊王にダメージを与えられるのならば、ジョーカーに対するスペードの3になり得る。


「さて、最後に顕現が行われたのは、いつ、誰によってか知っている奴はいるか?」

「はいは〜い」

 

 誰よりも早く手を挙げアピールするのは由樹だ。


「冴島か、分かるところまで説明してみろ」

「公式記録で最後に精霊王を顕現したのは、第2公社の導師ガウェインです。15年前に某カルト教団によって召喚されたドラゴンの軍勢を倒すために水の精霊王を顕現しました。戦闘の跡は術者本人以外は草木すら残らなかったとされております。特筆すべきは……」

「そこまでで十分だ」


 おそらく後藤先生が止めていなければ、その後もしゃべり続けていたであろう。

 由樹はおちゃらけたキャラだが、かなり幅広い知識を持っている。

 それは寮で生徒会役員の魔法について話したときから察している。


「よーし。じゃあ、精霊王の顕現には代償がある。たちばな、答えてみろ」


 後藤先生が次に指名した女生徒は、今朝果敢にも蓮司に話しかけていた子だ。

 橘由佳ゆかは、目つきがキリッとしていて、美人と言えなくもないが、どちらかというとイケメンだ(女だけど)。

 立ち上がると、長い髪を後ろで束ねていた、ポニーテールが1度ふわりと跳ねて着地した。


「顕現に成功した魔法使いは、魔力を完全に失います。消耗による枯渇ではなく、失った分は回復しません。先ほどのガウェイン氏は1度の顕現で、全ての魔力を失われたとされていますが、数回顕現できた例もあります」

「そうだ。だから契約者達は、できる限り精霊王の顕現を避けている。そのため15年前を最後に使われていない」


 通常の魔法がMPを使うならば、精霊王の顕現は最大MPを使うようなものだ。

 契約者になった時点で、最大MPの成長は止まり、減った最大MPは回復できない。


 ローズかあさんは俺に第5の精霊王について調べるように書き残したが、それは契約者になって顕現して、仇を取れということなのだろうか。

 たしかに4柱の精霊王との契約の枠は、すでに埋まっている。

 しかしもう1柱の空白の力が存在するならば、“精霊殺しの剣”以上に世界を揺るがす重大な事案だ。

 後から新設された第5公社に契約者がすでにいる可能性も考えられるが、ステイツ政府は第5の精霊王については推測の域に過ぎないとして、具体的な対策を何もしていない。


「精霊王による四元素魔法は19世紀以降に普及したもので、それ以前の魔法は固有魔法もしくは古典魔法と呼ばれ、たとえば神道系や仏教系の秘術がこれに該当する。草薙くさなぎ、固有魔法がなぜ一般に普及しなかったのか答えてみろ。」


 草薙胡桃くるみは女子の中でも一際ひときわ小柄で、ひとつひとつの動作が小動物のように、ぴょこぴょこしている。

 そして今朝、由樹が話しかけようとして、怯えていたのが彼女である。


「は、はい。固有魔法は、血筋や特別な修練、魔法具などが必要で、今でも一般には普及しにくいのです。えっと、19世紀以前には魔法を秘匿するのが、暗黙の了解だったことも関係あるのです」


 見た目や動作だけでなく、慌てふためく彼女の話し方だけでも、クラスメイト達は男女問わずホッコリとしてしまいそうだ。


 俺の分解・吸収・身体強化の魔法式も、四元素に分類されないので、固有魔法に含まれる。


“初めての学校生活だったが、このまま無難に授業が進んでいくと思っていた当時の俺は考えが甘かった”


***

『あとがき』

登場人物が増えました。


レギュラー

高宮芙蓉、九重紫苑、的場蓮司、冴島由樹


準レギュラー

工藤凛花、橘由佳、草薙胡桃、フレイ

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