6 ファーストコンタクト
次の角を曲がったら、いよいよ目的地の生徒会ハウスにたどり着くところまで来た。
しかし曲がった瞬間、目に飛び込んできた光景によって、先程の戦闘の熱が一気に冷めさせた。
生徒会長こと九重紫苑が正面に立っていた。
見事なまでにターゲットと鉢合わせてしまった。
会長は入学式のときに着ていた制服ではなく、水色で無地の部屋着に白いカーディガンを羽織っていた。
そもそも彼女の姿を形容している場合ではない。
絶対強者の横には、ぼろ雑巾のようになった男達が山積みになっていた。
(
10人は軽く超える山積みになった男達は、おそらく他国の諜報員だ。
俺も不意打ちで1人気絶させることができたが、複数を相手にすることはできない。
対峙しただけで、圧倒的なプレッシャーで押しつぶされそうだ。
これまでの任務で絶体絶命の状況は何度もあったが、そのどれよりも身の危険を感じる。
いくら魔法を無効化できる能力があるからといっても、何故だか安心できない。
彼女の目を直視することができず、足元がふわふわしておぼつかない。
そんな状態の俺に、会長が1歩ずつ確実に近づいて来る。
それは死が襲い掛かるのに等しい事象に思えた。
目の前まで会長が迫ってきて、一目散に逃げたいが足が動かない。
(ヤバイ。終わりだ)
「あら、うちの制服じゃないの」
張りつめていた緊張感が一気に消え失せた。
いきなりの落差に身体がガクッとするが、かろうじて尻もちをつくことは
どうやら俺は、あの山積みの男達の一員にならずに済んだようだ。
落ち着いてよく見たら、男たちは無事とは言い難いが全員息がある。
顔や服装が多種多様なことから、別々の勢力の者だと考えられる。
この異様なシチュエーションで、会長が訳の分からない弁解を始めた。
「えっとねー。あれは……そう。ストーカーさん。ストーカーさんだよ」
あんなに殺気をぶつけておいて、この人はいまさら何を取り
状況からして、彼女がボコったことは明らかだ。
たとえストーカーだとしても、ボロ雑巾みたくなるまで攻撃するなんて、バイオレンス過ぎる。
なぜか恥ずかしそうに顔を赤らめるところが、年上の先輩なのに意外と可愛い。
普段から大人しくて、こういう表情していれば、俺も張り切って任務をこなすのに残念としか思えない。
「ところで、見ない顔ね。新入生かしら」
「はい。初めての寮生活で、なかなか眠れなくて」
つらつらと嘘を吐く。
当初は急な殺気で動転してしまったが、この辺りの対応は事前に何パターンも準備してある。
「そっか〜。それで入学式で一目惚れしたお姉さんに会いに来てくれたのね」
「違います」
彼女があまりにも自意識過剰な台詞を吐きながら、くねくねし始めたので、つい即答してしまった。
「あら、会いに来たのでないのなら、覗きかしら?」
「違うっての!」
もう完全に緊張が解けてしまい、敬語が
この会長はふざけているのか、本気で人の話を聞かないのか分からないが、どちらにしてもタチが悪い。
はっきり言って、俺の苦手なタイプだ。
「慕ってくれるのは嬉しいけど、お姉さんはみんなの生徒会長だから、お付き合いとかは……」
「違うって、言っているだろうが!」
「あら、あなた」
俺の否定を完全に無視した彼女は、不意に接近してきた。
胸から掛けたチェーンに手を伸ばして、母さんが残した指輪に摘まむ。
「いい指輪ね。彼女さんとのペアリングかしら。恋人がいるのに、魅了しちゃうなんて、わたしって罪な女だわ」
「あの……彼女はいませんし、魅了もされてないので、もう帰ってもいいですか」
「なに? その指輪は私へのプレゼント?」
(もう嫌だ。この人まったく話が通じない)
もの欲しそうに指輪を見ていたが、諦めたのかチェーンから手を放して俺に向きなおった。
「さてと、遊びはこの辺にしましょう。生徒会ハウスの周りは危険だから、一般生徒は立ち寄らないの。今度から気をつけなさい。覗きの芙蓉君」
危険の認識については議論の余地があるが、人通りが少ないことは確かだ。
いや待て。
なぜ彼女が入学したばかりの俺の名前を知っているのだ。
俺のことは『魔法狩り』として噂されていても、名前や姿は出回っていないはずだ。
それに先ほどまで、俺と初めて会ったような口ぶりだった。
「別に大したことじゃないわよ。私の学生証は、かざした相手の学生証の情報を読み取れるの」
会長が過去に学生証をハッキングして騒ぎになったというやつか。
でも学生証の情報程度ならば、知られても特に問題はない。
「ちなみに学生証には、学生では閲覧できないけど、魔法で犯罪行為をしたときの証拠になるように直近6時間の思考が自動で記録されるのよ。私の学生証のハッキングプログラムを使えば、覗き見なんてチョチョイのチョイよ」
(なんですと!)
まさか先程の戦闘や、インカムでのやり取りが記録されていたら、ステイツのエージェントだと一発でバレてしまう。
彼女は鼻歌を歌いながら学生証を操作するが、液晶に映っている画面は本人以外には見えない。
「さぁて、覗き君の1番知られたくない秘密を検索しちゃうよ!」
考えろ、考えろ、考えろ。
そうだ、1番知られたくないことを抽出するならば、別のことを知られたくないと念じれば、乗り切れるかしれない。
考えろ、何かあるか、考えろ。
死刑宣告が刻々と近づいてくる。
「どれどれ、覗き君は“巨乳も好きと”」
「最悪だー!」
なぜそれをチョイスした。
いやでも、結果としてはセーフか。
何か別の物を失った気がするが。
「別に恥ずかしがらなくていいよ。ちなみにお姉さんは普段ブラとパットで大きく見せているけど、今は何もつけてないわ」
それでもディーはあると見た。
だが俺は紳士だ。
あからさまな反応はしない。
「知りたくもない情報ありがとうございます。もう帰らせてください」
どっと疲れた。
任務でなければ、関わりたくない。
この人からフレイさんと同じベクトルを感じる。
「あら、痴漢君をタダで返す訳がないでしょ」
「覗きから、さらにランクダウンした!」
いや変態としてなら、ランクアップなのかな。
「まだこの辺に、ストーカーさんがもう1人うろついているの。危険だから、もうしばらくここにいなさい」
もしかしたら来る途中に倒した奴のことかもしれない。
ならば多少不自然でも強引に引き上げよう。
「いえ、俺は大丈夫です。会長こそ、建物の中に入った方が安全ですよ」
後ろの方で、彼女が何か言っていたけど、俺は来た方向へと逃げていった。
***
寮に戻る最中、不意にブレザーのポケットに入れていたスマホが振動した。
ディスプレイを確認すると、フレイさんからだ。
「芙蓉君、入学早々に紫苑ちゃんに夜這いとはやるね」
「そんなわけないでしょ」
このタイミングで電話が来たということは、先ほど倒したエージェントを現地チームが回収し終えたので、フレイさんに報告が入ったのだろう。
「俺の任務は、彼女の護衛と調査です。必要以上に近づくことはもうないでしょう」
「それは違う。ステイツは彼女と距離を縮めるために芙蓉君を送ったのよ。だかろあなたの方から積極的に仲良くしなきゃダメ。恋人になれたら、特別にボーナスを支給しま~す。じゃあね」
一方的に通話を切られた。
あの会長の周りにいると、こっちの身が保たない。
できるならビジネスライクな付き合いで済ませたいものだ。
護衛も調査も別に24時間体制でやる必要はなく、俺以外にも動いているチームがいる。
あくまで校内で接近するのが俺の役割なので、面識があった方がいいがベタベタすることもないだろう。
それに警戒レベルを上げる必要がある場合は、フレイさんから指令が出ることになっている。
今度からは、学生証の取り扱いにも気をつけなければならない。
気休めだが、ハンカチで学生証を
持ち歩かないといろいろと面倒だが、会長にハッキングされて秘密が漏れるのは困る。
そろそろ寮に着く。
シャワーを浴びたいところだが、蓮司と由樹を起こしてしまうかもしれない。
今日はもう疲れたので、ナイフとインカムを隠したら、そのままベッドに入って寝ることに決めた。
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