3 ルームメイト(『4 生徒会役員の噂』と統合)

 荷物の整理を終えた頃、ノックもなくガチャリと部屋のドアが開けられた。


「なんだ1番乗りじゃないのか。俺は期待のルーキーこと冴島由樹さえじまよしき。よっろしく~」


 入ってきた男、期待のルーキー(?)の冴島は、とても陽気な男だ。

 身長は170前後で、髪型は特に弄っていないモードスタイルにセンター分けで、その顔にはメガネが腰掛けている。

 少し線が細く運動は得意ではなさそうだが、立ち居振舞いはまったくの素人ではない。


「冴島だな。俺は高宮。高宮芙蓉、今日からよろしくな」

「3年間ルームメイトなんだし、冴島なんてノンノン。そんな他人行儀じゃなくて、由樹な」


「由樹。なら俺のことも芙蓉で頼む」


 ステイツでの滞在期間が長かった俺からしてみれば、ファーストネームで呼ぶ方がしっくりくる。

 初対面の相手との会話はあまり得意ではない。

 しかしこの由樹というルームメイトは、とても話しやすそうなフランクな雰囲気を有している。


「ところで、どうして期待のルーキーなんだ?」


 とりあえず1番分かりやすい所を拾って、他愛もない話を始めた。

 彼の方も世間話程度だと分かっているみたいで、荷物の確認をしながら話を続けた。


「地元の中学校にも魔法科はあったけど、俺しかここに進学できなかったからな。期待された代表って訳さ」


 彼の言う通りで魔法科を併設する学校は多数ある。

 しかし全校生徒が魔法を学ぶのは、東高を含めてニホンに2つしかない公社直轄の魔法高校だけで、入学選抜の時点で競争が厳しい。


「芙蓉のいた中学からは、他に東高に入学できたやついるのか?」

「俺の場合は、先月までステイツに住んでいたので、こっちに知り合いはいない。高校からは両親の故郷のニホンで学びたくて、寮のある東校を受験した」


 この辺りの設定は、事前にフレイさんと決めていたものだ。

 それに決して嘘ではないので、無理のない範囲だと思う。


「へぇ〜。帰国子女ってやつか」

「まぁそうだな。だからニホンでの生活に慣れてない。色々と教えてくれると助かる」


「オーケー、任せといて。というか芙蓉の机は殺風景だな」


 たしかに俺の荷物は、他の2人に比べて少ない。

 由樹の机にほ大きなデスクトップパソコンの設置を終えて、本棚には勉強と関係なさそうなカラフルな表紙の本やケースが並べてられていく。


「由樹はいわゆるオタクってやつなのか」

「オタクを馬鹿にするな!」


 由樹は先程までのフランクな感じと打って変わって、必死な形相でこっちを見てきた。

 怒り半分に悲哀半分といった印象だ。

 そんな感情的になるようなことを口にしただろうか。

 慣れていない国だど、誤って他人の怒りを買うことは珍しくないことは分かっている。

 怒りに対して、こちらはとにかく真摯しんしに向き合うべきだ。


「いや。ステイツにいた頃は、こういうのに興味がある友人はいなかったから、つい珍しくて……」

「そっか、そっか。布教もオタクの活動のひとつだからな。芙蓉もハマると抜け出せなくなるぞ」


 今度は急に由樹の機嫌が急上昇し始めた。

 抜け出せなくなるのは困るが、寮で過ごす時間の少しぐらいならば問題ないだろう。

 ちなみに友人と口にしたが、ステイツでの人間関係に同年代は1人もいない。


「とりあえず、ゲームでもするか? 芙蓉は得意なゲームとかあるか?」

「ゲーム? ビデオゲームのことか? トランプ以外やったことない」


「まじか。これは教え甲斐がいがあるぜ。とりあえず格ゲーからやるか」


 そんなことを話しているうちにドアのノック音に続いて、この部屋の3人目の住人が現れた。


的場蓮司まとばれんじだ」


 身長180越えの男。

 赤に近い茶色に染めた髪は、アップバングで固めている。

 バンダナのようなものを左腕に巻きつけてチャラついているようにも見えるが、第2ボタンが外れたYシャツから覗かせるがっしりとした胸筋が、彼を大人びて見させる。


「期待のルーキー、冴島由樹さ。由樹でよろしく」


  由樹に出遅れたが、俺も名乗る。


「高宮芙蓉だ。芙蓉で」

「由樹に、芙蓉だな。なら俺のことも蓮司でいいぜ」


 彼は部屋を見渡して、残る荷物がある机と、何も無い机を認識した。


「ここが俺の机だな。残る1人はもう来ているのか?」

「いや。最初に来たのは俺だが、3人分の荷物しかなかった」

「4人部屋に3人だと少しお得感があるな。とりあえず、メンバーが揃ったということで改めて自己紹介しますか」


 由樹の提案に対して反対する理由は特にない。

 着いたばかりの蓮司は、まだ荷物の整理が残っているのに、嫌な顔ひとつ見せず俺達に合わせてくれた。

 由樹とはまた違ったタイプだが、印象は決して悪くない。


「トップバッターは、期待のルーキーこと冴島由樹様。魔法使い、特に魔女のお姉さんが大好き。今の推しは、売り出し中の新人だけど風香お姉さんだ。この学校に入ったからには、俺も有名な魔法使いになりたい。そしてモテたい! 得意な属性は風で、ポジションは遊撃を希望。暫定の新人ランキングは55位」


 予感はしていたが、ツッコミどころのある自己紹介だ。

 期待のルーキーと口にするだけあって、入試の順位はかなり上のほうだ。


 ポジションとはチーム戦において、担当する役割のことだ。

 遊撃には様々なパターンがあって、近距離と遠距離のどちらの間合いでも戦えるという場合や、高速移動しながらヒット&アウェイを繰り広げる場合など他で分類できないと、とりあえず遊撃扱いになる。


「モテるために魔法使いになりたいのか?」

「欲望に忠実だと言ってくれ」


 蓮司は嫌悪を示したが、俺はそうは思わない。

 魔法使いはどの国でも脚光を浴びる花形の職業だ。

 地位、名誉、お金、異性を求めて志す者は少なくない。


「とりあえず、芙蓉も俺みたいな感じでざっくり頼む」


 同じだとハードルが高いので、当たり障りのない無難な自己紹介をするつもりだ。


「改めて高宮芙蓉だ。ステイツで叔母と暮らしていたけど、進学をきっかけにニホンでの生活を選んだ。ニホンにはこれまで何回か来たことあるけど、暮らすのは初めてなので、不馴れなことも多いと思う。使える属性はまだ無くて、ポジションは前衛・ブロッカー。新人ランキングは320位だ」


「320位ってことは、1年生が320人だから最下位か」

「由樹。入試の成績だから実力は関係ないだろ。実際、俺は魔法の実技経験がないが、順位は32位だ」


「げっ、蓮司って、俺より上じゃんか」


 由樹が順位の話題に食いついてくれたおかげで、魔法については話さずに済みそうだ。


「まぁ、あの生徒会長も入学時は最下位だったらしいしな」


 その情報は事前の資料にもあった。

 ステイツがマークする生徒会長のスタートの順位が最下位ということは、俺のように入学試験では測れないような能力なのか。

 それとも意図して実力を隠していたのか。

 はたまた入学後に力をつけたのか。


「最下位だからって、ランキング戦で順当に勝てば、5月末の新人戦で1位浮上のチャンスがあるそうじゃないか」


 由樹の言う通りだ。

 今の順位は入試の暫定的なもので、1年生同士でのランキング戦を数回した繰り返した後、5月の最後の週にある新人戦で1年最強を決める。

 その後は上級生も混ざった学年無差別の校内ランキング戦に加わる。

 と言っても派手に目立つことは避けたいので、適当に流すつもりだ。


「最後は俺の番だな。的場蓮司、1度は公立高校の普通科に進学したが、訳あって魔法使いを志すことになった。魔力はそこそこあるらしいが、経験は全くなく、勉強の方も直前に詰め込んだから成績のわりに実力はさっぱりだ。一応適正が1番高かった属性は火で、ポジションは後衛・アタッカー」


 彼が大人びて見えたのは、どうやら間違いではなかったようだ。


 東高はニホンにおける、魔法使い育成の最高機関だ。

 研究部門ならば大学もあるが、実践向けの教育は東高とその双璧となる西高がトップを争っている。

 受験資格の条件が義務教育相当の修了なので、高校として扱っているが、年齢に上限はなく15歳以上も数名いる。

 蓮司もその1人ということだ。

 実践経験がないということは、後天的に魔法に目覚めたタイプかもしれない。


「じゃあ、蓮司は先輩ってことか。敬語とか使った方がいいか?」

「堅苦しいのは、止めてくれ。普通に同級生扱いしでいい」


 蓮司の性格なら大丈夫そうだが、年齢の違うクラスメイトというのは、揉め事の火種になりそうだ。

 ちなみに俺は自身の年齢が分からないが、母さんの口振りや、ステイツでの身体検査で15歳くらいを推定している。

 書類上も15になっている。


「3人とも希望のポジションが違うということは、学校側がばらけさせたのかな?」


 俺はふと気がついたことを口にしていた。


「このメンバーで、チームとして行う実習課題もあるから、そうかもしれないな」

「どうせなら、女子と同じ班にして欲しかった」


 もちろん蓮司、由樹の順だ。


「課題によっては、女子の班との合同もあるかもしれないか」

「まじか。テンション上がってきたー。でも蓮司も芙蓉もモテそうだから、そういう意味ではこのチームは最悪だぜ」

「蓮司は大人びてかっこいいけど、俺は平凡だぞ」

 

 謙遜けんそんとかではなく、素直な感想を言ったつもりだ。

 実際にモテた経験などない。

 せいぜい上司のフレイさんからセクハラを受けるくらいだ。


「うるさい。鏡見て言えや。草食系男子がニホンの主流なんだよ。その鍛えた肉体はなんなんだよ。服で隠していても俺には分かるぞ。だいたい魔法使いはインテリじゃないのか。2人とも完全に肉食系じゃないか。それに芙蓉の首から下げた指輪はなんだ。これ見よがしにペアリングですって、彼女いるアピールじゃないか」


 由樹が急に爆発したかのようにしゃべりだした。

 また何か彼の地雷を踏んでしまったようだ。


 俺の場合は魔法の都合上、身体を動かすことが多く、必然的に筋力がついてしまう。

 むしろ今は、これ以上筋肉が増えると、スピードが落ちてしまうことが悩みだ。


 ちなみに指摘された指輪はペアリングなどではなく、ローズかあさんが俺の実の母親からもらったものらしい。

 何かの手がかりになるかもしれないので、見える位置に身に着けている。


「東高に限って言えば、魔法使いがインテリとは言い切れないな。近接戦で身を守れないとランキング上位は見えてこないだろ」


 蓮司の言う通りで、近接戦が得意でなくても、対処することができないと1対1の戦いで生き残れない。

 魔法使いは総じて近接戦が苦手だ。

 だから近接戦が得意な俺はステイツの部隊で重宝された。

 別に俺が強いとかではなく、相性の問題にすぎない。

 重火器で武装したテロ組織の鎮圧とかならば、俺よりも適任の人材がたくさんいる。

 自身の長所を生かすために、フレイさんの部下に配置されてからは、魔法の訓練よりも、軍のCQCきんせつかくとうの訓練に参加していることの方が多かった。

 そのような相性の問題から校内ランキング上位になると、近接戦でのし上がったランカーが幾人いる。

 さらにそのクロスレンジに対抗手段を持つ連中がひしめいている。

 そして頂点に君臨するのが生徒会長の九重紫苑だ。


「たしかに今の校内ランキングトップ3は、3人とも近接戦ができるタイプだからな」


 ランキング1位が九重紫苑ということは知っていたが、他については由樹の発言で初めて知った。


「由樹は詳しいのか?」

「もちろん。生徒会役員の3人は美少女だから、入学前からリサーチ済みさ」


 美少女かどうかは個人の主観があるので別として、由樹の口ぶりだと、残りの2人も生徒会役員で女生徒のようだ。


「俺も噂を聞いたことあるぞ。生徒会メンバーが上位ランカーなのは珍しくないが、今の役員達は別格だそうだ」

「待て待て、お姉さんたちのことは、俺に語らせろ」


 蓮司も話に乗っかってきたが、由樹が強引に主導権を取り戻した。

 フレイさんから事前にもらった資料には九重紫苑についてしか書かれていなかったが、他の生徒会メンバーも彼女の側にいる可能性が高いので、知っておいて損はないだろう。


「まず1人目は校内ランキング3位、生徒会副会長の 工藤凛花お姉さん」


 入学式のときに会長の悪ふざけを止めにきた人物か。

 男子の制服を着ていたことはさておき、しっかり者という印象だな。


「野球部に所属しながら、様々な運動部を掛け持ちするスポーツ万能美少女。サバサバとした性格な上に、スカートではなくパンツルックで女子からの人気ナンバー1。運動神経バツグンの一方で、魔法では自由自在にゴーレムを操る」


 ゴーレム創生か、ステイツの同僚にも使える奴が1人いた。

 正面に置いて盾役、銃火器を持たせて遠距離攻撃、暴れさせての陽動、仲間へ送っての連絡など、なんでもありのトリッキーな魔法だ。


「入学式のときのイメージだと、前衛のような身のこなしだったな。ゴーレム創生とは縁遠い気がする」

「芙蓉、その印象は当たらずも遠からずさ。いくらゴーレム創生がすごい魔法でも、それだけではランキング戦に勝ち残れない。一般的なゴーレムの攻略法は、動きが鈍いゴーレムをかいくぐって、術者を叩くことだ。けど凛花お姉さん本人も動き回る。ゴーレムの前に出たり、下がったりとポジションをスイッチするスタイルで、3位に食い込んできた」


 たしかに運動性能の高いゴーレム使いは、セオリーが通用しないので厄介だ。

 お調子者の由樹だが、魔法使いの話題になると饒舌じょうぜつで、かなり詳しいようだ。


「まだまだ続くよ。2人目は校内ランキング2位、生徒会書記の草薙静流くさなぎしずるお姉さん。こっちも制服無視で普段から着物姿の物静かな和装美女。そのはなげな見た目は殺伐とした学園生活を照らすオアs」

「いいから魔法のことを話せよ」


 由樹が暴走しそうだったので、蓮司が修正する。


「悪い悪い。ふたつ名は『雨の剣士』。草薙家は剣術を主体にした陰陽師の家系で静流お姉さんはそこの直系。通り名の通り、剣術での接近戦に水魔法を織り込む」

「雨というのが、妙だな。水の剣士とか、霧、氷、嵐とかならわかるが、雨というのはなんかカッコ悪いな」


「蓮司の言う通り。でも雨で正しいし、かなり強力な魔法を使うぞ。詳しくは見てのお楽しみ」

「由樹は見たことがあるのか?」


「昨年の東高と西校にしこうの対抗戦で魔法を使うのを見た」


 興味はあるがこれ以上は今後のお楽しみだそうだ。

 ニホンには他にも魔法科を併設している高校はあるが、東高と西高のふたつが突出している。

 そして年に1度、両校が魔法を競い合う対抗戦があり、学外からの来客も多い。

 由樹もその機会にリサーチに行ったという訳だ。


「そして最後を飾るのは、ランキング1位、歩くトラブルメーカー、生徒会長の九重紫苑先輩」

「なんで生徒会長だけお姉さんじゃなくて、先輩なんだよ」

「俺、あの人苦手だわ。美人だけどあのテンションにはついていけない」


 由樹の感想ももっともで、先ほどの入学式でのバカ騒ぎは酷い物だった

 数時間前の出来事を思い出して、3人ともげっそりとした表情を浮かべた。


 俺の記憶が正しければ、あの入学式で構えた者のなかに蓮司の姿があった気がする。

 魔法の実践経験はないと言っていたが、戦闘の経験はあるのかもしれない。

 その辺りが、高校の入り直しに関係していそうだ。

 そんなことを考えていたら、青ざめた顔から復活した由樹が説明を続けた。


「生徒会長は使う魔法が一切不明。ランキング戦に出たこともないし、授業でも能力を隠している。1度だけ実力を見せたのが生徒会長戦挙・・

「選挙で?」

「東高の生徒会長は立候補者達によるバトルロワイヤルで決めるんだよ。だから選挙の字は『選ぶ』ではなく、『戦』を当てるんだ。そこで勝利したのが、生徒会長になり、自動的にランキングが1位になる訳さ」


 この戦挙でのあらましについて、映像は手に入らなかったが、ステイツの資料にもあった。

 昨年の生徒会長戦挙は、広い森林フィールドで制限時間2時間のバトルロワイヤルだった。

 しかし当時は、まだ無名だった会長が10分も掛からずに、他の候補者たちを全滅させた。

 開始と同時に範囲攻撃で半数が戦闘不能、残り半数も負傷して、その後は会長の狩りの時間だったらしい。

 1人ずつ見つけては接近して一撃で撃破。

 戦闘は校内に中継されていたが、誰も彼女が使った魔法が何か分からなかったらしい。

 その日から九重紫苑は『絶対強者』になった。

 彼女の魔法には何か秘密がありそうだ。

 隠匿系の魔法や、高速詠唱・高速発動などの仮説がある。

 ステイツの見解としては、広範囲攻撃魔法に、移動系の魔法、そして近接戦で使った攻撃魔法、さらには探索系の魔法まであると想定している。


 そんなこんなしているうちに、部屋の整理が完了した。

 結局4人目の住人は現れることなく、食堂へ向かう時間になった。


“しかしこの日の本番はこれからであった”


***

『あとがき』


的場蓮司:頼れるアニキ

冴島由樹:モテたいオタク

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