2 ステイツからの荷物

『あらすじ』

芙蓉はステイツのエージェント

任務は九重紫苑の護衛と調査

入学式終了

 ***


 学生証についての説明が終わり、本日の主な行事は終了した。

 入学式当日にホームルームはなく、明日から本格的な登校になる。

 しかし今日はまだ終わりではなく、寮の部屋で荷ほどきをする作業が残っている。


 講堂を出たら、屋外では部活の勧誘で賑っていた。

 さっそく生徒会長の九重紫苑について調べたいが、夜まで待った方が動きやすいと判断して。

 俺は上級生達からの勧誘を振り切って、これから暮らす寮へと向かった。

 東ニホン魔法高校の敷地には多くの建物がある。

 しかし配置がシンプルで案内板があちこちにあるので、地図を開かなくてもたどり着くことができた。


『一般男子2』とそっけない名前だが、1から8までの寮が並んでいるので探すのには楽だ。

 4階建ての建物で、1階が他の階よりも大きめであり、2階にはバルコニーがある。

ここに各学年の2組の男子、約50名が生活することになる。


 寮に入ると玄関には下駄箱が並び、端の方に来客向けの受付があった。

 寮監らしき30代の男性が窓越しに座っていた。

 フォーマルスーツではないが、襟の付いたシャツに質素なズボンを履いて、清潔感あふれるビジネスマンのような雰囲気を醸し出している。


「新入生だな。荷物は各自の部屋に届いている。18時になったら1階の食堂に集まるように。そこで寮での生活について説明する。それまでは荷ほどきするなり、ルームメイトと交流するなり自由に過ごしなさい」


 たしかに部活の勧誘に揉まれてバラバラに来る新入生相手に、毎回説明をするのは効率的でない。

 下駄箱でとりあえずスリッパに履き替えて、自分の部屋として指定された1-4号室を探す。

 てっきり1階だと思っていたが、1階は食堂や談話室、洗濯部屋に大浴場といった共用スペースになっており、2階から4階が各学生の居室だった。

 2階の自分の部屋へと向かうが、他の住人とはすれ違わない。

 ほとんどの学生が講堂前の騒ぎに参加しているみたいで、俺のように足早に通り過ぎたのは少数派のようだ。


 1−4と書かれた自分の部屋を探し当てると、中から人の気配はないが、念のためノックしてからドアを開ける。

 鍵は電子ロックで学生証をかざすことで、開錠することができた。


 4人で1部屋だと聞いて、狭いスペースに2段ベッド2つあるような光景を想像していたが、入ってみると意外に広い。

 洋風のホテルのような内装で、さらに居間と寝室が別れていた。

 机と本棚が4組あり、共有のテレビと小さめの冷蔵庫まで置かれている。

 さらに奥の寝室には、シングルベッドと衣装棚が並んでいた。

 他にも洗面台と浴槽にトイレが備え付けられている。

 東高は第1魔法公社が母体になっているので、設備投資に使える資金が潤沢なことは知っていた。

 しかしこんなところまで金を掛けるとは思っていなかった。


 それぞれの机の前には、各人の荷物と思われる段ボールが積まれてある。

 段ボールの山が3組しかないので1人分の荷物が届いていないのか、それとも4人部屋に3人で過ごすのか、どちらかが考えられる。

 とりあえず俺の名前が書かれたダンボールを床に並べる。


 ステイツの拠点には衣類を除けば、俺の私物はほとんどない。

 自分で準備した荷物の他に、フレイさんが手配してくれた物資が混ざっている。

 誰もいないうちに、中身を確認する方が無難だ。

 彼女の用意した段ボールを開けると、中から一回り小さな真っ黒な箱が出てきた。


 それを目視して、すぐに俺は気を引き締めた。

 これはステイツ軍部が極秘開発したケースで、入れ物だけでも国家機密の貴重品だ。

 X線検査機に通すと、全く別の画像を映し出して偽装することができる装置だ。

 税関の検問ではX検査だけでなく中身を確認することもある。

 しかしステイツ側は身内なので、フレイさんが口を利けば、ざるのようなものだ。

 後はニホンでの1回を乗り越えるだけだ。

 もし中身を見られたとしても、ニホンにある工作用の貿易会社が中継しているので、俺が疑われることはない。

 なにはともあれ、部屋の外に人の気配がないことを確認してから、ゆっくりとケースを開けて中を見る。

 そしてすぐに閉じた。

 自分の目を疑ったが、もう1度ケースを開けて中を覗いても、目の前の現実は変わらない。


 そこにあったのは、ぎゅーぎゅーに敷き詰められた『グラビア誌』。


「あの人は何を考えているんだ!」


 他に誰もいない部屋で、声を荒げてしまった。

 そもそもこの手の書物はニホンで大丈夫なのだろうか。

 ある意味密輸の措置が必須だったかもしれない。


 フレイさんは、俺のことをからかうのが生き甲斐だと公言している傍迷惑な上司だ。

 最初に会ったときは仕事のできる格好いいお姉さんだったのに、付き合いが長くなると徐々に中身がオヤジだと判明してきた。

 セクハラで訴えてやりたいが、うちは政府の裏組織なので労働者の権利なんて存在しない。

 誰もいない事を再確認して、本を1冊手に取ると、中から白い便箋が落ちてきた。


『愛しの部下へ


 芙蓉君はやっぱりムッツリね。しかも好みは巨乳ものだなんて』


 思いっきり破り捨てやりたい。

 たまたま手にとった本の表紙の女性が巨乳だっただけで、俺は断じて巨乳好きではない。

 巨乳も、好きなだけだ。

 大事なことだからもう1度、好きなだけだ。

 そして文面はまだ続く。


『任務遂行に必要かは分からないけど、リボルバー、サバイバルナイフ、簡易設置型爆弾、通信機器一式、魔法石なんかを奥に入れておいたわ。もちろんどれも見つかったらまずいので、気をつけるように。捕まっても私のことを喋ったらダメよ』


 改めて中身を確認したら、物騒な道具が雑誌の下に埋まっていた。


『P.S. 誰の中身がオヤジだ! セクシーなお姉さんと呼びなさい。


 尊敬されている上司より』


 まさかの思考を先回りされた。

 なんだかんだで、フレイさんとは母さんの次に付き合いが長い。

 しかし自分でセクシーだなんて言ってしまう上司を、尊敬するかどうかは別問題だ。

 ちなみに他の本にも便箋びんせんが挟まっていた。

 中身は同じ内容だが、冒頭部分だけそれぞれの本に合わせて、俺の好みを言い当てたかのような書き出しになっている。

 まったく芸が細かいのだから。


 装備一式はケースに戻して、再び雑誌で隠した。

 あくまでも、カモフラージュのためだ。

 断じて後の楽しみではない。

 クローゼットの下の奥に避難させたら、他の荷物も整理し始めた。


 荷物の整理を終えた頃、ノックもなくガチャリと部屋のドアが開けられた。

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