怪しい雲行き

それにしても旦那には申し訳ないなと心のどこかで思う。これから生涯を共にしていく伴侶が、どこの馬の骨と知れぬやつと2人で酒を酌み交わしているのだ。しかし、一緒に飲んでいる舞花はそんなことを思う女ではない。全く、旦那がかわいそうだ。


「誰とでもは飲まないよ。キミくんとだから飲んでるんだよ」


少しうるんだ瞳をした彼女がそういったとき、オレはドキッとした。

知らず知らずのうちに口に出していたのか?しかしそんなになるまでは飲んでいない。それともこれが歳ってやつなのか?まだ二十六だぞ。

そんな狼狽しきったオレを見て舞花は嬉々とした表情でからかった。


「慌てすぎ(笑)俺と飲んでていいのかなって、考えてる顔してたよ!そんなことを顔に書いてあった(笑)」


やられた。前まではそうやってからかうのはオレのほうって決まってたのに、どこかで立場が入れ替わってたみたいだ。

オレはその時の少し怒った彼女の顔が好きだったが最近はそんな彼女の顔は見ていない。ただお互いに就職して忙しくなって会う機会が減ったというだけなんだろう。

けれど本当は、舞花に長年付き合っている彼氏がいて、オレはそいつにどこか引け目を感じて身を徐々に引いていった、というのが正しい見解なのかもしれない。その彼氏と結婚するのだから身を引いたオレは正しいはずだ。


舞花は自分の推理が当たっていて、なおかつオレの慌てふためいた様子を見て気分が良くなったからだろう。饒舌に話していく。反対にオレは核心を突かれて気分が悪くなり、口数が減っていくのが分かる。


「私の旦那になる人はいい人だよ!優しいし、好きだって言ってくれるし、何より私の安全を保証してくれるんだ」


お前、大学時代から言ってる事変わんないぞ?それに安全ってなんだよ、日本に住んでる以上他の国にいるより安全だよ。

オレの心の中で不満が溜まっていく。不満とは裏腹に酔いが冷めていくのがわかる。


「それにこれからは一ノ瀬舞花になるんだよ!かっこよくなるんだ」


文字数増えてるじゃないか、今までの方がしっくりくるからいいよ。

どんどん彼女の声が耳障りになってくる。


「ちゃんと彼のこと大好きなんだ〜」


「五月蝿い」


大きな声で言ったわけではなかったが舞花に伝わったようだ、キョトンとした顔をしている。その顔を見てハッとしたオレの顔はさぞかし滑稽だっただろう。


「あーそうだ、アイスを食べよう!お酒と一緒に買ってきたやつ!取ってくるよ」


いたたまれなさからどうにかこの場を離れる口実を作り、冷凍庫の中から申し訳なさそうに身を寄せ合う二つしかないアイスを取り出す。

落ち着け、昔も今も舞花変わってないだろ。核心めいたことを聞こうとしてもすぐに煙に巻いて話をそらすところも、上手くいくと調子に乗るところも、状況が悪くなると笑って誤魔化すところも何も、変わっていない。

オレも今まで通り変わらなくていいんだ。あえて意地悪な問い掛けをして、調子に乗っらせて祭り上げて、笑って誤魔化すことを許してしまう、そんなことを相変わらず続けていけばいいんだ。

息を吸って吐くように、右足を出したら左手を出すように自然にしてしまえばいい。


「よし、大丈夫」

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