第11話 誕生(1)
朝になり
会社に電話をしないと、と思い八神は席を立とうとした。
「え! ダメ! 行かないでっ!」
美咲は手を引っ張ったが、
「だって連絡しないと、」
「やだっ! も~~~! こんなに痛いのに~~~!!」
「すぐ戻ってくるから! ほんっと!」
なんとか彼女を振り切った。
「すんません。 なんかもう、すごいことになってきちゃって、」
八神は志藤に電話を入れた。
「ああ、いいから。 ついててやれ。」
「ほんっともう夜も寝れないし。 おれのが疲れてきちゃって、」
泣き言を言う彼に、
「美咲ちゃんだって大変なんやから。 ほんまになあ、ヨメが自分の子供を産もうと必死になってる姿見ると。 今までの愚行を反省するから、」
志藤は笑った。
「愚行って。 おれは別に、品行方正ですから・・」
八神はどっと疲れた。
「まあまあ・・こっからがスゴいから。 頑張れよ。」
「えっ! まだスゴくなるんですか!?」
八神は思わずのけぞった。
「もう。 大変なことになってくるから。 おまえも頑張れよ、」
お気楽にそう言われて切られてしまった。
美咲は
相変わらず髪を振り乱し、陣痛に耐えている。
あのイケメン医師がやってきても
もう髪を直す余裕はゼロだった。
八神はその傍らで、ゆうべ南が買っておいてくれたおにぎりをぱくぱくと食べていた。
「・・食う?」
いちおう美咲に聞いてみたが、
「・・この状態を見てから言いなさいよ!」
怒られてしまった。
さらに1時間ほど経過。
「美咲、」
美咲の母が顔を出した。
「あ、おばちゃん・・」
「まだなの?」
「・・も~~~~~、ぜんっぜん、生まれない・・」
美咲はもう涙目だった。
「初産だもん、時間かかるよ。 まだ月足らずだけどもう9ヶ月過ぎたしね・・。 臨月の子供産むのとおんなじくらいだし。」
「なんかもうちょっとって、助産師さんから言われてて、」
八神が言うと、
「今が一番苦しい時だね。」
美咲の母は彼女の汗を拭いてやった。
「も~~、やだ~~、」
母がやってきて、ホッとしたのか甘えるように言う美咲に
「赤ちゃんも、今が一番苦しいんだよ。 あんたはお母さんなんだから。 やだ、なんて言っちゃダメ、」
母は少し諌めるように言った。
ほんっと
女ってすげえよな。
ウチの母ちゃんだって
4人も子供産んで。
しかもおれなんか40近くになって生まれた子だし。
大変だっただろうなあ。
おれも
生まれるとき頑張ったんかな?
八神はまたも暢気に考えてしまった。
そして、
「よし。 全開になったわね。 分娩室、移動します。」
助産師の声で
「やっと・・」
美咲はもう起き上がることさえ
できないほど疲れ果てていた。
いよいよかあ・・
八神は何気に傍観していると
「ご主人、さ、これを着て。」
と、術着のようなものを手渡された。
「は?」
「つきそうんでしょ? ソレ着てついてきてください。」
あっさりとそう言われた。
「え・・い、いいんですか?」
正直、ここまで、と思っていたので八神は気が動転した。
「・・ここまで来て逃げるんじゃないんでしょうねえ・・・」
美咲のおどろおどろしい声が聞こえてきた。
『もう。 大変なことになってくるから。 おまえも頑張れよ、』
さっきの志藤の言葉を思い出してしまった。
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