第5話 衝突(5)

また


八神さんとケンカでもしたのかしら・・


絵梨沙は美咲の様子を見て思った。



「八神に連絡しなくちゃ・・」


南が言うと、


「連絡なんかしないでください!」


美咲は大きな声を出した。


「美咲ちゃん・・」


「・・どうせ! あたしのことが鬱陶しいんだから!」


「何言ってるの。 そんなこと、」


「このごろの慎吾・・あたしが何言っても話真剣に聞いてくれないし! 夜遅くまで飲み歩いたり! あたしのことなんか全然心配じゃないんです!」


美咲はまた、わっと泣き出した。


「昨日も・・真尋が連れまわしたみたいで。 ほんと、ごめんなさい。」


絵梨沙は美咲の肩に手をやった。


「ううん。 無理やり連れて行かれたんじゃなくて。 慎吾だって行きたかったはず・・。 あ、あたしがこんなに苦しい思いしてるのに! ゆうべだって・・『実家に帰れよ!』って言われて・・」


「八神、さっき心配してあたしんところ電話してきたんだよ? そのことも言ってた。 反省してると思うし、」


南は美咲の背中を撫でた。


「あ、あたしは・・ずっと慎吾についてて欲しかったから実家に帰らないで、こっちで産もうって決めたのに。 それなのに慎吾は・・自分が楽になりたいからって!」


もう子供のように泣くばかりだった。



南も絵梨沙も


なんだか美咲が気の毒になってきた。


南はキッチンに行った絵梨沙をそっと追いかけて


「・・ね、八神に連絡だけしてやってくれる? ほら、警察とかに言っちゃったりとかもあるかもしんないし。 まだ興奮してるからウチ泊めるって、言って。」


とこっそりと言った。


「はい、」


絵梨沙は神妙に頷く。




一度自分たちの部屋に戻って行った絵梨沙に



「あ! 絵梨沙~! どこ行ってたんだよ。 風呂入るのにタオルが・・」


真尋が甘えるように言ってきた。


「ちょっと待って・・電話。」


それを無視するように絵梨沙は八神に電話をした。



「あ、八神さんですか? 絵梨沙です。」


話し始めた絵梨沙に真尋は怪訝な顔で覗き込む。


「え? やっぱりそっち行ってたんですか?」


八神は心底ホッとした。


「なんか・・おなかが張ってて苦しそうでした。」


「だから! なんでそういう無理すっかなあ・・。 ったく!」


思わずグチってしまった。




そんな八神に絵梨沙は


「もう少し美咲さんのことを考えてあげてください、」


珍しく少し強い口調で言った。


「は?」


「美咲さん、普通の身体じゃないんです。 精神的に不安定になる時期ですし。 普段なら気にならないこともすごく気になって。 八神さんについていて欲しくてこっちで産もうと決めたのに、実家に帰れだなんて!」


絵梨沙に怒られて、八神は少し呆然とした。


「え? なに? 美咲がどうしたの??」


真尋が食いついてくるが、絵梨沙は全く無視して背を向けて


「もう9ヶ月になって、病院をかえることだって大変なことなんですよ!? ますます美咲さんが不安になるだけなのに!」


だんだん腹立たしくなって八神を怒ってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってください。 おれは仕事で疲れて帰ってきても、ちゃんと家事したりして美咲を助けてるつもりです。 朝だって洗濯も掃除もしていってるし! 美咲は身体がしんどいばっか言って、昼間ゴロゴロしてなんもしてないし! 茶碗だって洗ってないし! だから、そんなにグチグチ言うんだったら、実家に帰って家族に手伝ってもらえって言ったんですっ!」


八神も一方的に怒られて腹が立ってきた。


「なんだかんだ言って産むのは女なんですから。 それでなくても初産で不安ばっかりで。 それなのに夜遅くまで飲んだりなんか!」


「仕事で飲んだりすることだってあります! 美咲、そこにいるんですか? 出してください!」


「・・もう泣いちゃって、興奮してて。 南さんのところにいます、」


「今からそっち行きますから!」


「今は来ないでください!」


二人のやり取りに、真尋は


「おい! 八神! なんかしらねーけど! 負けるな!」


と電話口で言い出し、


「もう! 真尋は黙ってて!」


絵梨沙は怒ったが、


「どっちかだけの赤ん坊じゃねーんだぞ! 二人の責任なんだからなっ! 女だけが大変なんじゃねーんだから!」


真尋は尚も言った。


「ちょっと! よけいなこと言わないで!」


二人の痴話げんかになりそうだったので、


「とにかく、行きますから!!」


八神は電話を勢いよく切った。

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