第2話 衝突(2)

「もう、ほんとね。 怖がりで参っちゃいますよ、」


八神は昼休み、みんなで雑談中に昨日の話をした。


「そりゃ、美咲ちゃん初めての出産やもん。 不安やって、」


南は美咲を庇った。


「ひとりで質問しちゃってさあ・・『痛いですか?』なんて・・痛いに決まってるっちゅーの、」


「でも、男だったら気絶するって痛みなんやって。 陣痛って、」


「ほんとに?」


「おれもな~。 5人中3人は出産に付き添ったけど。 あれはもう・・見てるほうが辛い、」


志藤はタバコを手に言った。


「八神はつきそうんでしょ?」


「・・まあ・・」


「もうね、人間とは思えないほど・・壮絶やで、」


志藤に脅かされて、


「ちょっとお・・ビビるようなこと言わないで下さいよ・・」


八神は胸に手を充てた。


「ハハ・・あんたやって結局怖いんやん。」


南に笑われた。


「めっちゃおなか大きくなってきた?」


「けっこう・・今月に入ってからは見る見る大きくなって。 立ち上がるのも大変そうで。 朝、起きる時も起こしてやらないとつらいって。 おれが帰ってきても、しんどいとか言ってトドみたいに寝てるし、」


「トドって・・。」


みんな吹き出した。


「ま。 普段からおれが家事する割合は多めなんで。 別にいいんですけど。 あ~~、これで子供生まれたら、美咲、ますますなんもしなくなりそう・・」


「今はね。 夫も育児に協力しなくちゃ、の時代なんやで? 八神は面倒見いいから、きっといいパパになるよ~。」


南はへんな励ましをした。




そのころ。


「わー、きれい。 ありがとうございまーす。」


美咲のところに、志藤の妻・ゆうこが訪ねてきた。


「この近くの病院にあたしの前のお花の先生が骨折で入院して。 お見舞いに行った帰りなんだけど。 どうしてるかなあって。」


ゆうこは彼女に自分が作ったアレンジメントを手渡した。


「ほんっと、仕事やめてから暇で暇で。 友達と電話で話するくらいで。 でかけるのも、もう億劫で。 慎吾が危ないからあんまり出歩くなって言うし、」


美咲は笑ってその花かごをリビングのサイドボードに飾った。


「おなか、大きくなったわね。 もうすぐね、」


「来月の終わりくらいなんですけど。 もう、今からドキドキしちゃって。 夜もあんまり眠れなくて・・」


美咲は紅茶を淹れながらため息をついた。


「おなかが大きいと仰向けに寝ると苦しいし、かといってうつぶせで寝るわけにもいかないし・・大変よね。 あたしも夜中に何度も目が覚めて、」


「でも。 ほんっと・・ゆうこさんは5人も産んで。 すごいですよねえ、」


彼女の前に紅茶を差し出した。


「なんかね。 ほんっと・・産む時は苦しいんだけど、」


と言う彼女に


「やっぱ、苦しいんですよねっ!」


美咲は身を乗り出した。


「ま、まあ。 でも。 生まれてきた赤ちゃん見ると。 もう忘れちゃうって言うか。 それで、1年位して歩くようになるでしょ? そうすると・・寝てばっかりの赤ちゃんがすっごく懐かしくなっちゃって。 また欲しくなったり、」


ゆうこはクスっと笑った。


「え~~? ほんとに?」


美咲はとっても信じられなかった。


「なんか・・その繰り返しっていうか。 ウチの子たちって見事に2つずつ年が離れてて。 それでわかるでしょ?」


「はああああ。 すごいなあ。 やっぱ、志藤さんも子供好きなんですか?」


「あの人はたぶん自分の子供が生まれるまでは、子供なんかほとんど興味なかったと思うけど。 そうねえ。ひなたが生まれて2~3ヶ月くらいしてからかなあ。 あやすと笑うような感じになってきたら。 すんごくかわいくなってきたみたいで。 お風呂に入れたいからってわざわざ早く帰ってきたり。 それまでは仕事ばっかりの人だったからちょっとびっくりしちゃった、」



「志藤さんが?」


「彼、ひとりっ子だから。 やっぱり兄弟っていいなって。 よく言う。 今は大変だけど・・あの子たちが大人になったら、兄弟がいっぱいいてよかったって思ってもらえるんじゃないかなって。 八神さんは子供好きだし。 きっと最初っからいいパパになるわよ。」


「そうかな・。 てゆーか。 慎吾も子供って感じなんですけど。」


美咲の言葉にゆうこは笑った。


「真尋さんちもね。 絵梨沙さんが子供より手がかかるって言ってる。」



食器を片そうとしたとき、


「・・あ・・いたた・・」


美咲はおなかをおさえて思わず椅子に座り込んだ。


「どうしたの?」


ゆうこが慌てて駆け寄る。


「・・おなかが。 すんごい張っちゃって、」


と、おなかをさすった。



ゆうこはそっと彼女のおなかに触れてみる。


「本当だ。 大丈夫?」


「ええ。 ここんとこ、1日に何回も張っちゃって。 夜中とかも、・・陣痛かと思って焦りましたけど、」


美咲は苦しそうに苦笑いをした。


ゆうこは心配そうにおなかを撫でてやった。




「え? 美咲ちゃんとこ行ったん?」


その夜帰って来た志藤に話をした。



「ええ。 ねえ、八神さん、出張の予定とかはないんですよね?」


いきなりの彼女からの質問に、


「え・・八神? ええっと・・そやな、予定日に引っかかりそうな真尋のロンドンも玉田が行くことになったし。 最近おれ、あんま事業部のスケジュールわからへんけど。 たぶん国内もないんちゃう? なんで?」


「美咲さん、おなかが張ってしょうがないって。 まだ予定日までには1ヶ月以上あるのに。 なんか予定が早まるんじゃないかって、」


心配そうに言った。


「そっか・・」


「ほら、ウチは近くに実家もあるし、何かあっても大丈夫だけど。 美咲さんは親御さんと離れて暮らしてるし。 不安だと思うの。 八神さんも忙しくてなかなか早く帰ることもできないみたいだし、」


「ん~~。 斯波に言うとくわ。」


志藤も少し心配になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る