大切な人の死

 次にログインした時、いつも迎えてくれるリアナはいなかった。

 こんな事は今まで一度も無かったのに。


 俺は一人で街へ向かった。

 するとそこには驚愕の光景が広がっていた。

 見渡す限りの焼け野原。よく行っていた楽器屋、畑、噴水など、ほとんどが原型を留めていない。

 楽器屋のあった所で、うずくまる人影を見つけた、リアナだった。


「あ、タクヤ、来てたんだ。ごめんね、気づかなくって。街の人……みんな死んじゃった」


 うそ。本当に死んだのか?

 俺はセリフ『ごめん、俺が失敗したばかりに』を選んだ。


「んーん、こっちの世界の事だもん。タクヤには迷惑をかけられない。前に聞いたことあるけど、カキンってすごくエネルギーを使うんでしょ? 異世界の人であるあなたにそんな負担はかけられないわ。大丈夫、自分達で何とかするから」


 悔しい。

 課金してくれればよかったのに、そう言って欲しかった。そうすれば運営の馬鹿野郎と笑い飛ばす事が出来たのに。


 ボブの笑い顔が頭を過ぎった。


——安心して死ねるってもんよ。


 俺が殺したようなもんだ、俺が課金していれば。


 くそ、運営会社め。そうやって俺の優しさに漬け込むのもSwiMeスイミーとかいうAIの目論見通りって訳だ。俺は重たい霧のような気持ちに包まれた。


「魔物達は日に日に強さを増しているわ。次の赤い月の夜、魔物達の力が最も強くなる夜、きっと城を襲ってくるでしょう。王国を滅ぼすつもりなの。このままだと……」


 リアナは下唇を噛みしめた。


「王国には伝説があるの。『青い月の夜、サトラに現れし異世界の勇者が、王国を救うだろう』今まで沢山の旅人が異世界から来たわ。でもあなたは違う、青い月の夜にあそこに現れたのはタクヤ、あなたが初めてなの——」


 まさか俺が? ユーザーみんながそう言われているのだろう、きっと。


「でも無理は絶対しないでね、タクヤには危ない目に遭わせたくないの。約束だよ!」


 その笑顔が無理をしているのがすぐ分かった。どこまでリアルなんだろうか、このゲームは。


 俺は次の日、初めて課金をした。といっても微々たる額だが。

 オプション画面で『向日葵の髪飾りをプレゼント』を選んだ。


「これを私に? ありがとう。すっごく可愛い」


 俺が胸がこそばゆいような、じんわり暖かくなるような、そんな余韻に浸っていると、すぅっとリアナは消え、代わりにロドリゲスが現れた、顔中傷だらけだった。


「お前、プレゼントなんか送ったりして、どういうつもりだ」


 相変わらずムカつくな、こいつ。

 俺はイライラしながら画面をタップする。


「カキンがどういうものか知らんがな、結局お前はリアナの大切なものを救えなかったじゃないか。それでいて勇者面しやがって……。リアナを幸せに出来るのは俺だけだ、もうこっちの世界の事に関わるな。いいな!」


 そう言い終えると、ロドリゲスは消えた。


 なんだよ、あいつ。ほんとイラっとするわ。


 とは言いつつも、俺の胸は雑巾を絞られるみたいにぎゅっとなった。

 確かにリアナの大切なものを俺は守れなかった。あいつの方がリアナのことをよく知っている。でも——


 でも、この気持ちは本気なんだ、もう絶対リアナを悲しませたくない、もう二度と。その時の俺はそう思っていた。


 そのわずか数日後のことだった。目を疑うようなメールが届いたのは。

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