1章

隣人

 服は可愛らしいパジャマだが、髪はボサボサで眼鏡をかけており、学校にいる時と全く違う雰囲気のため、最初伊藤さんだと気づかなかった。

 学校ではおしとやかで気品があるように見えているが、今俺の目の前にいる彼女からはそれが全く感じられない。


「な、なんでここにいるの?! 確か遠い所から通ってるんじゃなかったっけ?」

「昨日からここの隣に引っ越してきたんだよ。毎日お母さんに遠い遠い言ってたら、引越ししてもいい許可がでたからさ」

「そ、そうだったんだ。それで何か用事があったの?」

「いや、隣に引っ越したから、お隣さんくらいには挨拶しとこうかと思ってさ。これ、海苔なんだけど、受け取ってくれるか?」


 まぁ大したものは買ってないので、受け取ってくれないのならそれはそれで問題ない。

 それにしても、普段学校にいるときは伊藤さんとここまで普通に話ができた試しはないが、目の前にいるだらしない格好をしている伊藤さんとは普通に話が出来ている。

 だらしなくなったのは確かだが、伊藤さんは伊藤さんのままだ。


「あ、ありがと。ちょうど朝ごはん食べてなかったんだよね〜! 今日の朝ごはんは貰った海苔とレンチンご飯だね!」


 ん? なんか聞いてはいけないことが聞こえてきたんだが? まさか料理ができないとか、か? いや、流石に料理ができないとしても、ご飯を炊くことくらいは誰にでもできるだろう。

 ……いや、単にめんどくさいだけだな。うん、そうだろ、多分。


「レンチンご飯なんて食べるのか? まさかとは思うけど、毎日レンチンご飯なのか?」

「そ、そんなことないもん! たまにカップラーメンとか食べるもん!」

「それ、ほとんどレンチンじゃないかよ。ま、まぁおかずは作ってるんだろ?」

「い、いっや〜、おかずは惣菜を買ってきたり、塩とかソースとかをかけたりとかかな〜?」

「それ、身体壊すぞ?」

「そ、そんなのわかってるもん! でも、作るのめんどいし、そもそも作れないし!」


 なんかドヤ顔をしているんだが、全く誇ることじゃない。


「それは誇っちゃダメだと思うんだが」

「そ、そんなにいうなら、斎藤くんは料理できるの?」

「当たり前だろ。おれんち、両親共働きで、夜もほとんど家に1人でいたんだよ。だからご飯作るのは毎日してたんだよ」


 伊藤さんを見ると、意外みたいな顔で俺の事を見てくる。

 というか、こんな会話ここでする事じゃないと思うんだが。

「じゃ、じゃあさ。無理を承知で話すんだけど、今日から私に料理作ってください!」


 どこをどうやったらそういう話になるのかはわからん。まぁ1人分作るのと2人分作るのはさほど手間もかからないし、それに俺も誰かがいないと寂しいと思っていたんだった。なら、この話は悪い話じゃないか。


「わかった。なら、昼から作ってくるわ」

「えっ、いいの?! なら、持ってきたら私の部屋で一緒に食べよ!」

「俺が部屋に入っても大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ! ご飯まで作ってもらうのに、受け取ってサヨナラじゃあまりにも失礼じゃない?」

「まぁ俺はそれでもいいんだけど。ここで立ち話もなんだし、また昼になったらご飯持ってくるから」

「うん! お昼、楽しみにしてる!」

「あ、あと、そのボサボサしてる髪は直したほうがいいぞ? クラスメイトにバレたら大変だぞ?」

「ほぇっ?! こ、このことは誰にも言わないでね!」

「わかってるよ。そんじゃまた昼にな」

「うん!」


 俺は玄関から立ち去り、隣の自分の部屋に入る。

 まさか伊藤さんが、ここまで学校と私生活が違うのには衝撃を受けた。でも、接しやすいのは私生活の方だな。

 どうやら俺の隣人は美少女の皮を被ったポンコツが住んでいるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る