第45話 苔も生えない
「というわけで、一緒に調査に行きましょう、そうしましょう」
「何がというわけ、なんだ」
余りにも唐突な提案に、俺は頭がクラクラしてきた。
「要するに寂しいんですよ。一人旅も好きですが、そういう気分でもないのです。東部戦線で活躍した"英雄"殿が一緒なら、きっと退屈しないでしょう」
「……そんなんじゃないんだ」
俺は苦笑交じりに首を振る。英雄? 確かに事実だけは英雄的かもしれない。けれども話が上手くいったのは、この剣の力──呪いの力に頼ったまでのことなのだ。英雄でも何でもない、ただ呪われた武器に振り回された一人の少年がいただけの話だ。
俺は何となく自嘲的な気分だったが、ふと思い出したようにミーンが心に直接声を掛けてくる。
『奴の話を聞いてやったらいい。剣聖の信頼を得ておくのは今後の活動の役に立つ』
「本当か?」
『今の段階で、お前がアメリアに勝つのは不可能だ。まずは他の十二剣聖の信頼を得ながら外堀を埋めることから始める。そして追々、奴に勝利するだけの力を手に入れる』
「随分と都合のいい話だ。……チリンに対して協力的だったのも、そういう魂胆だったのか?」
『そういう面もあったことは肯定してやろう』
「……何をブツブツと言っているのです?」
サーシャが訝しげな表情で俺の顔を覗き込む。
「ああ、いや! なんでもないんだ、なんでも」
「そうですか。独り言は癖になると言いますよ。まあ私も人のことは言えませんか。さて、ご返答や如何に」
「……その、出発というのはいつなんです? リース隊長から東部戦線帰りの片づけを命令されているんです。一週間はかかると思いますので、まあその後なら……」
東部戦線への招集はあまりにも急なものだったけれども、それが終わってしまうと警備部のメンバーとしての仕事は大したものがなかった。恐らくは以前フェリが予告した通り、兵隊としての訓練や武器の扱い方などの修練になるだろう。
モラートの一晩に渡る講義を聞いていて自覚したが、俺は兵器だの武器だのに対して興味を持てなかった。そして訓練は──それがきっと戦場では重要になるのだろうけれども──とても退屈なものであろうことは予想が付く。
とすると、サーシャに付いて行ってエントリアを巡るという話の方が、数倍は楽しかろうという考えが俺の中に萌し始めていた。彼女の信頼を得ようという打算的な考えではなく、純粋な好奇心から。
しかし、サーシャの申し出は急だった。
「思い立ったらすぐ行動です。今から行きましょう」
「今から!?」
俺は思わずひっくり返りそうになった。
「しかし、俺はエントラについさっき帰ってきたばっかりで……」
「でしたら間髪入れずに動いたほうがいいです。一度布団に入ると、出るのが辛くなる一方ですから」
「いやしかし、リース隊長にも基地長にもまだ何も……一応俺は警備部の隊員ですから、彼らに許可を取らないと」
「そうですか。案外心配性なのですね」
サーシャは懐から小型の通信機を取り出すと、何やらダイヤルを回し始めた。
「もしもしもしもし、警備部本部のフェリに繋いでください。……え、本人? ああ、そうですか。私は十二剣聖のサーシャ・ストランドですが」
「……大変お世……何の……件……ざいますか?……」
彼女の耳元のスピーカーから、フェリの謙ったような声が漏れてくる。
「ちょっと野暮用が出来ましてね。おたくのレイル君を連れて行ってもいいですかね? 彼曰く、片づけの仕事で迷惑を掛けないかと心配しているようですが」
「……全然大丈夫です! どこへなりとも連れて行って構いません……」
「おいおい」俺は思わず声が出た。
サーシャは横目でちらとこちらを見ると、二マリと笑った。ダイヤルを再び回して通話を打ち切ると、
「大丈夫そうですね。フェリは快く了解してくれました。……じゃあ二時間後に集合ということで」
「君も中々大変だね」
青い顔をして警備部本部に戻ってくると、心配したのかモラートが声を掛けてきた。俺はサーシャの無茶ぶりについて事細かに説明して、戦いの後片付けに参加できないことを詫びた。
「なーに、そんなことで謝らなくてもいい。東部戦線では、君のおかげで大分助けられたのだからね。それに、後始末と言ったって大したことはないんだよ。兵装の点検をして、大きく損傷があるものを"サン・ギアー"に送り付けるだけさ」
「サン・ギアー?」
「おや、知らないのか。うちで使っている銃や発射装置の類は、全てサン・ギアーという会社が作っている。ほら、例えばこの銃、よく見るとロゴが入っているだろう」
モラートが片手に握っていた銃を見せてくる──確かに弾入れ孔の近くに、歯車の絵と会社名が刻まれている。
「サン・ギアーは武器の販売と修理を一手に引き受けている。俺たちのやることなんて、彼らの工場まで兵装を運搬することだけさ。大した仕事じゃない。後顧の憂いなく働いてくるといい」
「随分気楽にいってくれるなあ」
俺は全身に溜まった疲れを吐き出すように、長々と息を吸って、吐き出した。
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