第44話 信用に値しない噂話
「おや、随分と暗い面持ちで」
巨大な扉を開いて外に出ると、そこにクエリの姿は既になかった。その代わり、クエリと似た顔の女の子が一人。
「君は確か、"十二剣聖"の……サーシャ・ストランド、さん?」
「そういうあなたは、今話題のレイル・フリークス氏ではありませんか。私のこと、覚えていたのですね。恐縮です」
サーシャはペコリと頭を下げて、俺も釣られて会釈を返す。
「アメリア様の部屋から出てきませんでしたか? どうやって入ったのです? 何が目的で? 覗きでもしていたのですか?」
「……人聞きが悪いことを。俺はアメリア様に呼ばれたんだ。この扉だって、クエリという子に開けてもらったんだ」
「ああ、姉が案内したのですね」
サーシャはぽんと手を打って、何かに納得したような表情を見せる。
「姉?」
「ええ。前回言いましたでしょう。クエリ・ストランドは私の姉です。いわゆるエルダー・シスターです」
そういえばそんなことを言っていたような記憶がおぼろげにある。改めて見返してみると、確かに先ほどのクエリとサーシャはよく似ている。髪型が違うのと、クエリの方は終始ムスッとしていたという違いはあったが。
「私、以前こんなことも言いました。アメリア様についてあまり突っ込まないほうがいいと。私の忠告、無視されています? ちょっと悲しいです」
「無視したわけじゃなかったんだ。でも正直、会って後悔してるよ。緊張しすぎて気分が悪い」
「そうですか。では私の顔をじっと見て、心の疲れを癒すといいです。私は幼いころ両親から、"サーシャを見ていると元気になってしまうな"と、よくお世辞を言われたものです」
「……気持ちは受け取っておく」
俺は……これからどうしようかと悩んだ。とりあえず、警備部の自室に戻り、東部戦線の疲れを癒すことが先決だろう。俺はサーシャに軽く手を振って、警備部基地のある場外へと目指した──が、サーシャは何故だか、俺の後をテクテクと付いてくる。
「何か用事でも?」
俺は立ち止まって尋ねてみる。
「用事がなければ後を付けてはいけないのですか?」
「……普通はそうだと思うけど」
「そうなのですか。それでは適当に用事を作りましょうか。ムムム……」
サーシャはわざとらしく悩んだ振りをして唸る。
「用事なんて無理やり作るもんじゃないだろう?」
「いいえ、何かあるはずです。あなたでも役に立てる何かが……」
「馬鹿にしてるのか?」
「あっ、いいことを思い出しました!」
サーシャは急に目を輝かせて、困惑する俺の目をじっと見た。
「チリンさんの簡易報告書にありました。あなたの剣、実は呪いの力に対抗する能力が秘められているとか何とか」
「……そうらしいな」
俺は素直に頷けなかった。使っていた俺自身、何がどうなっているのか理解してはいなかったのだから。
「そんな呪い好きのあなたに朗報です。実は私今、上から任務を預かっていたのです。とても重要な任務です。ちょうど仕事にあたっての相方を探していたのでした」
「なんだそりゃ」
「その任務の名は、"呪いの人形捜索作戦"です。どうです? 興味が湧いてきたでしょう」
「全然」
「おや、そうなのですか? 呪いが好きそうな顔をしているのに」
「どういう表現だ! ……それで、どういう話なんだ、それは」
このままサーシャのことを無視しても、このままずっと付いてきそうな悪い予感がする──俺は諦めて彼女の話を聞くことにした。
「エントラから北に行った場所に、"バイネル"という土地があります。緑豊かな山岳地帯ですが、別荘などが立ち並ぶ観光地でもあります。ですが最近、変な噂が立っていましてね。曰く、『夜中にバイネルを出歩くとフラフラと一人でに歩く人形が目撃される』のだそうです。最初は馬鹿々々しい与太話だと思われていたのですが、余りに目撃情報が多いので、警備部の方にも話が上がってきたのですね」
「それが、"呪いの人形"ってわけか」
「そうです。呪われた人形が夜な夜な道路を徘徊しているという噂なのですね」
「そんな非科学的な」
剣の呪いの力で歩き回っている俺は、苦笑交じりにそう言い捨てる。
「私も正直、最初は下らない話だと思っていたのですが。……どうも、ケイスさんが何故だか大変に興味を持っているらしくてですね。警備部をすっ飛ばして私に調査の命令を下してきましてね」
「ケイス?」
「おや、十二剣聖の会議で会いませんでしたか? 第九剣、ケイス・ウェイバー。私の上司で、それなりに偉い人です。なんというか、気性が荒そうな顔している人ですよ」
「どういう表現だ」
しかし何となく、サーシャの言葉でおおよその見当はついた。確か会議中に、アメリアに対して堂々と文句を言っていた女の人が、確かケイスと呼ばれていた気がする。
「ケイスさん、最近"呪い"という言葉に敏感でしてね。何か変な噂が立つと、すぐに私やチリンさんを走らせるんです。……まあ、今は"呪い"を使ってくるリーベルンとの戦争中です。あの人なりに考えているものがあるのでしょうけれども」
サーシャはそういうと、うんざりと言った表情で首を横に振った。
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