第43話 詰問
「リーベルンの連中が、"呪い"の力を使って悪さをしていることはご存じですね?」
アメリアは丸テーブルの上にあった本を手に取り、古びたページをパラパラと捲った。
「……忌まわしき力です。エントリアを守護する立場として、"呪い"を纏った人間に国境を跨がせるわけにはいきません。ですが、最近不穏な気配を感じていましてね」
彼女の視線が、俺の腰の剣に向いた。俺は思わず剣を庇うように体を背けた──まさか、この剣がアメリアの命を狙っているなどと、口が裂けても言うわけにはいかない。
「ここのところ、国中がドタバタとしているのです。その混乱に乗じて、何か良からぬことを考えている人間がいる……ような気がするんです」
「俺のことを疑っている?」
「懐疑、というよりは興味があるのです。私の奇妙な予感の、その出所はいずこにありや? フフフ、あなたが持っているその剣、それは確か……」
「こいつは」俺は平静を装って嘘を吐く。「たまたま拾ったんだ。レイビスが攻撃を受けた時のどさくさの中で」
「そうですか、拾ったのですか。……誰から貰ったのですか?」
俺の全身が冷や汗を噴いた。この少女、俺の話を聞いているようで聞いていない!
「拾い物だと言いましたが?」
「そうですか、そうですか。随分と良い拾い物をしましたね。"呪い"の力を吸収して力と変える力──中々手に入るものではありませんよ。大切にしたらいいと思います」
アメリアは皮肉めいた口調でそう言うと、俺のすぐ近くまで歩いてきて急に手を取った。俺はぞっとして思わず手を引いたが、彼女は手を離そうとはしない。
「保留になっていたあなたの在留許可の件、私の一存で許可いたしましょう。あなたの実力はもちろん、その英雄的な精神も、今度の戦いの中で観察することが出来ました。これからもその剣とともに、エントリアの平和を守ってくださると大変助かりますね」
「……」
アメリアは俺のわずかに傷ついた手の甲を、恍惚とした表情で眺めながらそう言った。
──このアメリアという人間は、一体何を考えているのだろうか?
どこまで分かっているのだろう。ふわふわとした態度ではあるが、彼女は俺の正体を的確に見抜いているようにも見える。俺がレイビスでの戦いに巻き込まれて死にかけ、呪われた剣の力を借りて一命を取り留めたこと。俺にその剣を渡した人物は、目の前のアメリアの排除を望んでいるということ……。
核心的なことは、俺は一言も俺は喋っていない。けれども、彼女の虚ろにも見える瞳は、俺の心の中を全て見透かしているような印象を与えるのだ。俺は段々と、彼女と目を合わせて話すのが怖くなってきた。
「あなたにはこれからも、警備部の人間として動いてもらうことになるでしょう。リーベルンの戦力は健在です。特に、呪いの力を行使する"三大悪"の奴ら、それに"呪術機関"とかいう新兵器。いずれもとても厄介ですが、あなたの剣が大いに役に立ってくれると信じています」
「そりゃあ、どうも……」
俺は怯えを隠しながら小さく頭を下げる。
「それでは面会は終わりです。下がっていいですよ」
終始アメリアに圧倒されたまま、俺の短い謁見は終わった。
アメリアは俺の手を放して傍を離れ、ベッドの上にひょいと飛び乗った。それから仰向けに寝転がって天井を見上げた。彼女が黙ってしまったので、俺はそれ以上どうすることもできなかった。寝転がった彼女に向かって頭を下げ、部屋の出口へととぼとぼと向かう。
「……レイル君」
「なんでしょう?」
部屋から出る寸前に話しかけられて、俺はどきりとして振り返る。見ると、彼女が上半身だけをもたげてこちらを見つめていた。
「誰かに操られるだけの人生というのは、辛いものですよ? 自分の人生の在り方について、一度よく考えてみることをお勧めしますよ」
俺は彼女の発言の意図が分からなかった。俺はもう一度だけ頭を下げて、何も言わずに部屋を後にした。
アメリアの部屋を出ると、全身にのしかかっていた緊張感が氷のように解けた。俺は大きく息を吐いて、項垂れた。緊張の糸が張り詰めていたせいか、全身に異様な疲労感が残っている。
「……まったく、相変わらず恐ろしいオーラを放ってやがる」
と、ミーンが急に声を上げた。その声のトーンには明らかな畏怖の念が籠っていた。
「あれがお前の狙いのアメリア様、か?」
「その通り。さっき喋って分かっただろう? あいつはイカレてる! 何としても排除しなければならない!」
「別に、そうして欲しかったというわけではないが……」
俺は周囲を警戒して見回してから、ミーンに話しかける。
「お前がその気なら、俺の体を操って襲い掛かることだってできたんじゃないのか? 彼女、丸腰だった。オスローの時と同じく、絶好のチャンスだったんじゃないのか?」
「何を言ってるんだ?」
しかしミーンは馬鹿にするような調子で否定する。
「今のお前では、どんな状況だろうとあいつには勝てない。どうせ、お前には見えなかっただろう? 奴がずっと構えていた"聖剣"が……」
ミーンの言う通り、俺は何も気が付いていなかった。俺はただ、彼女の部屋に入り、一方的に威圧されて、すごすごと引き返してきた──ただそれだけだったと思い込んでいたのだ。
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