第四章 サーシャ・ストランド ~壊れた玩具たち~

第42話 アメリアの瞳

 長い廊下を延々と歩いた。城内に入ってから、クエリはこちらの方を一瞥もせず、無言のまま歩き続けた。


「……あー、えー、アメリア様というのは何所にいらっしゃるので?」


 俺は気まずい空気に耐えきれずに彼女の背中に話しかけた。


「このエントラ城の、一番上の部屋におられます」


「普段はその……こういう面会みたいなものは珍しいのですか。チリン様がそんなことを言ってましたが」


「何かとご多忙な方ですからね。中々ないことだと思いますよ? 十二聖剣の会議にすらあまり姿を見せませんからね。……まあ、気まぐれな方なので」


 俺とは喋ることなど無いと云わんばかりに、クエリは不愛想な態度を隠そうともしない。余りに取り付くしまがないので、結局俺は黙ったまま彼女に付いて行くことにした。


 いくつもの階段を上り、やがて巨大な扉の前へとたどり着く。クエリは一つ深呼吸をしてから赤い装飾の美しい扉に手をついて、


「クエリ・ストランド。開錠願います」


と美しい声を出した。


 重々しい音を立てて、巨大な門は一人でにゆっくりと開き始めた。クエリは一歩後へと下がり、俺の方を鋭い視線で見つめた。


「ここからは一人で来てほしいとのことです」


「……分かった」


 扉から見える部屋の内側には、がらんとした空間が広がっている──中には何も見えないが、何かある……俺の直感がそう叫んでいる。


 俺はクエリに小さく会釈をしてから、部屋の中へとずんずんと歩いて行った。彼女との擦れ違いざまに、


「……お気をつけて」


という不穏な声が耳に届いたが、その意図を尋ねる間もなく、巨大な扉は再び不気味な音を立てて閉じていった。




 空っぽの部屋に、一人だけになった。かと思うと、壁紙にしか見えなかった空間がぱっくりと裂けて、新しい扉が姿を現した。


「入ってきていいですよ」


 不思議な声が部屋の中にこだました。それは鈴のように美しい声だったが、背筋がぞくりとするような冷たさを孕んでいた。


 俺は勇気を奮い立たせて扉に手をかけると、力を込めてゆっくりと開いた。


 扉の向こうは──小さな寝室だった。


 天井のついた巨大なベッドが部屋の中央に置かれ、後は本棚と小さな机だけというシンプルな部屋だった。そして、白く眩いシーツの上に、一人の少女がちょこんと座っていた。


「初めまして。……レイル・フリークス、でしたね?」


「は、はい!」


 彼女の眠たげな瞳がこちらを向くと、矢に射抜かれたような緊張感が全身に走った。俺は無意識の内に背筋をピンと伸ばし、恭しく礼をしてしまった。


「私はアメリアと呼ばれています。この十二剣聖の代表、第一剣を拝命しております。……今回は急に呼びつけてしまってごめんなさい。まだ帰ってきたばかりだというのに……」


「いいえ、お気になさらず……」


 オスローやチリンたちの言葉から想像される人物像とはあまりにもかけ離れた少女。どことなく儚ささえ漂わせた彼女は、静かな笑顔を浮かべてこちらを見ていた。


「チリンから聞きました。東部基地では随分とご活躍だったとか。それに、あの厄介な"三大悪"の連中を退けたとか。想像以上の働きぶりです。とても感謝しているのですよ」


「いえいえ、俺一人の力ではとても……」


「……まあ、東部戦線の話はチリンとオスローにゆっくり聞くとしましょう。今日の本題は、そんなことではないのでしょうから」


 アメリアはベッドの上に立ち上がると、大きく欠伸をして体を伸ばす。それからぴょんと飛び跳ねると、大理石の床に素足で降り立った。


「私に聞きたいことがあったのでしょう?」


 アメリアの言う通りだった。俺は彼女と話をしたくてエントリアまでたどり着いたのだ。リーベルンとの戦争──レイビスの街を巻き込んで、更地へと変えてしまったこの戦いを始めた理由を知りたかったのだ。


「リーベルンとの戦争……聞くところによれば、あなたが無理やりに始めたと聞いた。理由を知りたい」


「……この戦争の理由ですか。難しい質問ですね」


 アメリアはゆっくりとした足取りで俺との距離を詰めてくる。俺は得体の知れない威圧感に、本能的に一歩退いていた。


「難しい質問ですが……まあ……簡潔な回答を与えるのであれば、"戦争が始まって喜ぶ人間がいる"ということです。例えば、私のように」


「何故戦いを喜ぶ? リーベルンの人間だけじゃない。エントリアの人間にだって負傷者が出ているのに……」


 俺は包帯を巻いたモラートや、傷だらけのオスローの姿を思い出しながら反論する。けれどもアメリアは、優雅な笑顔を崩さずに言い放つ。


「人の趣味嗜好に文句を言われる筋合いはありませんね。フフフ……」


「趣味だって?」


「ええ。そういう性格に生まれたのですから仕方ありません。……十二剣聖の中にも何人か、リーベルン戦争に否定的な人物がいるのは知っていますよ。けれども、十二剣聖の鉄の掟は、"強きものに逆らうべからず""、です。私を止められる人間、強さで上回る人間がいないのだから仕方がありませんね?」


 アメリアはそういうと、呆れたような声で小さく笑った。


「そんな無茶苦茶な道理が通るというのか?」


「通っているから今があるのです。……あなたの満足する答えはこの部屋にはありませんよ。もっと別の所を探さなくてはね。……さて、今度は一つ、私からも質問があるのです」


 その言葉の直後、部屋の雰囲気が一瞬で変わるのを肌で感じた。アメリアの美しく冷たい微笑みが、俺の体をまっすぐに貫いていた。

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