第41話 慌ただしい帰還
チリンの予告した通り、三日後にはエントラへの帰還命令が全員に通達された。
モラートとマイネルと、手早く荷物をまとめてカバンに押し込み、出立の準備を整える。三日後の朝には運搬用の車両を引き連れた列車が到着し、ここに来た時と同様、全員の手作業で兵装などを車両の中に押し込んでいった。
「さあ、さっさと荷運びを終えるんだ! 都はお前たちの凱旋を心待ちにしているぞ!!」
チリンは"人前で喋る用"の荒々しい口調で、兵士たちに声を掛けていた。彼女の声に尻を叩かれたおかげか、あっという間に荷物の運搬が終わった。俺たちが列車に乗り込むとすぐ、列車はシュトラの駅のホームを離れ始めた。
オスローの姿が見えなかったので、列車の四人席にモラートたちと共に腰かけた。モラートは前線で何があったのかを詳細に語ってくれ、俺はその見返りにヒンテルとの交戦について話した。
「……"呪い"の力、か。"三大悪"の連中が不思議な力を使うっていう話は噂で聞いていたけれど、まさか機械まで呪いの力で動かしているとは。……恐ろしい時代になったものだ」
モラートは何やら感慨深そうに唸り声を上げる。マイネルは訝しげな表情で俺の手元にある剣を見つめている。
「……しかし、君の持っている剣は中々に謎だな。呪いの力を吸収するなんて、少なくとも普通の剣じゃあないね。どこで拾ってきたんだ、そんなもの。エントリアで不思議な力を持っているものなんて、剣聖たちの持つ聖剣だけだと思っていたんだがなあ」
呪いの力を吸収する、呪われた剣。十二聖剣に、エントリアに復讐する意思を持った剣。それがエントリアの兵士たちの役に立ち、降りかかる呪いの力を切り捨てるというのだからなんとも皮肉的である。
「聖剣はエントリアの中に十二本だけ……って散々聞かされてきたけれど。実は案外、知られざる聖剣、的なものがあるということなのか?」
マイネルがそう呟くが、モラートは力強く否定する。
「いやいや……聖剣はこの世にたった十二本だけ。それは歴史的に揺らがない事実だ」
「そうなのか?」
俺がそう聞き返すと、モラートは嬉々とした表情で語りだす。
「話は神話時代に遡る……大昔、この世界を作り出した神様が、自らの力を十二本の剣に宿し、世界を統べるのに相応しい人間にそれらを下賜したのだ。それ以降、世界はその選ばれた十二人の人間によって統治されるようになった、という物語があるのさ。だから聖剣は十二本。それ以上多くも少なくもない」
モラートは熱弁するが、マイネルはうんざりとした表情を浮かべて視線を逸らす。
「まあ、そいつが聖剣の類なのかは置いておいて……聞く限り便利な武器じゃないか。精々活躍してもらわなきゃな」
列車に揺られながらそんなことを喋っていると、車両の連絡口が開いてチリンが顔を覗かせた。彼女は何も言わず俺に手招きしている。何事だろうと、俺は直ぐに立ち上がって連絡口まで小走りで駆け寄った。
「昨日の夜、アメリア様に聞いてみたの。例の件……」
チリンは車両側の扉を閉じて周囲を見回すと、唐突に話を切り出した。
「ああ、面会の話ですか。それで……?」
「それでなんだけど……エントラに到着したら、すぐにエントラ城に来いって命令がきたの。あなたの望み通り、会ってくれるそうです」
「本当に?」
「ええ。意外だったけど、本当。以前、エントラ城へは行ったことがありますよね? 城の前まで行けば、クエリ様という方が案内してくれる手はずになっています。クエリ・ストランド、その方も剣聖の一人です。くれぐれも失礼のないようにお願いします。……それで、彼女に付いていけばアメリア様に会えると思いますが……」
可能性の薄かった希望が実現するというのに、チリンは何故だか浮かない表情を浮かべている。
「……何か問題が?」
俺は思わず聞いてみる。チリンは大きく首を横に振って、
「いいえ、特に問題はありません。ですが……こんなことを私が言うのも変ですけれど……気を付けてくださいね。アメリア様は、何を考えているのか分からない人です。とても聡明ですが、気まぐれです。何を言い出すか想像もできませんから」
チリンの微かに影のかかった表情に、俺の心の中に微かな不安感が萌すのを感じていた。
数時間の列車の旅は終わり、俺たちは賑やかなエントラの街へと戻ってきた。警備部の一団が通りを行き、本部基地へと行進する。基地の入り口のところでモラートたちと分かれ、俺一人だけエントラ城に続く坂道を歩き始めた。
少し歩いてから振り返ると、チリンが心配そうな表情で俺を見つめていた。彼女と目が合うと、向こうが躊躇いがちに手を振ってきたので、俺も苦笑しながら手を振り返した。そして相変わらず、オスローの姿は見えなかった。
十分ほど歩いて、俺は再び荘厳な見た目の城の前に立った。以前来たときは訳も分からず連れられてきただけであったけれど、今回はある程度冷静に風景を眺める余裕があった──その城の見た目は、見ているだけで鳥肌が立つような威圧感があった。
城門のあたりまで来ると、一人の少女が道の真ん中に立っていることに気が付いた。灰白色の長い髪が、微かな風の中に揺れている。彼女が纏っているマントの内側に、長剣の柄がちらりと覗いていた。
「レインさん、でしたかね?」
数メートルの距離まで近づくと、彼女が会釈交じりに声を掛けてきた。
「クエリ・ストランドです。……以前お会いしましたよね? アメリア様がお待ちです。付いてきてください」
彼女はそういうと、俺が何も言わないうちに踵を返してスタスタと歩き始めた。俺は慌てて彼女の後を追い、再びエントラ城の中へを足を踏み入れた。
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