第38話 毒の摂取
俺は心を無にして剣を振るった。オスローが作り出した炎の目つぶしを袈裟切りに断つ。
「……クッ!」
……何かを切り裂いた感覚が腕に伝わる。しかし、手ごたえは浅い。
「炎で作った囮とは、そんな凝ったこともできるのだな! しかし、この程度では!」
男は炎の中で再び絶叫する。
「──呪法、『雨横殴打』(ホリゾンタル・ストライク)!」
直後、炎の柱は爆音と大量の蒸気を放って吹き飛んだ。水蒸気爆発──凄まじい爆風に吹き飛ばされ、紙切れのように地面へと転がされる。俺はすぐさま顔を上げて、白煙立ち上る爆心地を見た。
ヒンテルはその場所に、やはり不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「多少の策を講じたところで、俺には届かんぞ! まあ、一太刀入れたのは褒めてやってもいいが」
目を凝らすと、奴の肩のあたりから出血が見える。……しかしどう見ても軽症だ。後ほんのわずかでも早く踏み込んでいたら……俺の心に、後悔の念がジワリと滲む。
「ククク……エントリアの精鋭もこの程度か。二人がかりでもこの程度。もう少し命の危険を感じるような相手と出会いたいものだ……が……う……?」
と、余裕綽々といった表情だったヒンテルが、急に胸を押さえて苦しみ始めた。
「なんだ?」
既に距離を取って剣を構えなおしているオスローも、懐疑の声を上げる。何か奴の体に異変が起きているらしい。それは、ヒンテルの酷く歪んだ表情からもよく分かる。
「……ぐ……これは……そっちの小僧か! 一体何をした?!」
突然殺意の籠った目で睨まれて、俺は動揺した。俺のせい? 奴に与えた切り傷が、奴の余裕を崩したのか? いや、しかし……
『オメーのおかげじゃねえ。俺様のおかげだ!』
ミーンが脳内にキンキン声を響かせる。
「どういうことだ?」
『ククク、少し考えてみれば分かることだ……』
「どういうことだ?」
『……少しは考えたのか? 単純なことよ。奴の超人的な能力は、"呪い"の力を根幹にしたもの。そして俺は、呪いの力を吸収することが出来る──ついさっき、"呪術機関"とやらにそうやったようにな!』
「そうか、つまり……」俺は珍しく感が冴えていた。「さっき奴を一瞬切り結んだ時、お前が奴の力を奪ったってことか」
俺が尋ねると、ミーンは低い声で嫌らしく笑った。
「その通り。一瞬だったから、ほんの一部だけだがな。だがしかし、効果の程は見たとおりだ」
ヒンテルは自らの体に起こった不調の起源を探るように、肩口の傷跡をゆっくりと撫でる。
「……単純な毒ではない。それよりも、俺の"呪い"の力に干渉されたような感覚だ。……貴様の持っている剣、一体なんだそれは?」
「……残念だが、俺も詳しくは知らないんだ。呪われているってこと以外はな」
俺は再び立ち上がって剣を前方に構えなおした。
「鬱陶しいことこの上ないが……だがしかし、こいつはお前にとっては嫌な代物のようだな!」
『さあ、一気にカタを付けてしまえ! 奴から奪った力のおかげで、ボーナスタイムは延長だ!』
ミーンに言われて意識してみると、刀を通じて俺の体に熱いエネルギーが流れ込んでくるような感覚がある。吹っ飛ばされた時に出来た負傷も痛みはない。晴れの日の朝のような爽やかな気分だった。
「……いくぞヒンテル!」
もう何も考えていなかった。俺は奴に目掛けて猛然と突進した。持ちうる全ての集中力を黒い剣の先に集めて。
「……フン! 多少驚かされたとはいえ、真正面から策もなしに突っ込んでくる奴など、俺の相手ではないわ!」
ヒンテルも獣のような表情でこちらを睨みつけ、弾けるように濡れた地面を蹴る。辺りに立ち込める白煙を切り裂いて奴の体が迫ってくる。
俺と奴の体が、互いに剣の間合いに入った。俺は上段に剣を構え、奴は下から抉るように剣を振るう。黒と青の剣が、次の瞬間には交差する。
──その時である。
「……! グオァ!?」
突然ヒンテルが姿勢を崩した。俺と奴は、全く同じ方向に驚きの視線を向けた──ヒンテルの膝のあたりに、炎を纏った橙色の剣が深々と突き刺さっていた。
「クソッ、貴様! オスロー・スカイベルッ!」
「……卑怯とは言わせないわ」
何が起こったのかは直ぐに分かった。オスローが剣を投げたのだ。俺の方に意識が向いていたヒンテルに、彼女が背後から剣を全力で投擲したのだ。卑怯だ! しかしこの際、そんなことを考えている暇はない!
「うおおおおおおおああああああ!!!」
俺は夜に向かって振り上げた黒い刀を、体勢を崩して無防備になったヒンテルの体に向けて、渾身の勢いで振り下ろした。
──手ごたえがあった。俺の剣は奴の肩から下腹部に掛けて、迷いもなく一直線に切り裂いた。
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