第37話 陽炎

 ガガガガガガギィン! ──鋭い刃が高速で擦れ合う音が響き渡る。


 俺の剣は呪いの力を帯びて、自分自身の目でも追いきれないほどの速さに到達していた。しかし、ヒンテルは険しい表情ながらも、もはや音速に近い剣戟に対応してきている。オスローの言った通り、この男は格が違う!


「素晴らしい速さだ! エントリアにもこのような実力者が残っていたとはな。感心だ!」


「そりゃあどうも!」額から汗が噴き出して、汚れた頬を伝った。


「誰から手ほどきを受けた? イスカの奴か? エウロ"様"か? それとも……」


「独学だ!」


 ふわりと飛び上がって、渾身の力を込めて脳天へと剣を叩き込む。ヒンテルは涼しい顔でこれを受け、あっけなく振り払う。地面に足が付いた瞬間、野兎のように体を跳ねさせて奴の背後を狙う。剣先が背中に触れる寸前、ヒンテルは空中で前転して俺の剣を弾き飛ばす……。


 両者一歩も引かず! しかし実のところ、俺の方が不利な状況である。俺の体の限界を超えた高速斬撃の連発にも関わらず、今のところ一太刀たりとも奴には届いていない。先ほどの少年から受けた傷は、奇妙なことに、殆ど治りかけていた。しかし重大なダメージが蓄積されているのは間違いない。時間の経過とともに、段々と剣を振るう腕が重くなっていくのを感じていた。


『おい、さっさとどうにかしないと面倒だぞ』


 ミーンが慌てたように口を挟んでくる。


『今のお前は、あの"機関"から吸収した呪いの力で一時的に強化されている』


「……道理で体が軽いわけだ」


『言うならば、今のお前は"無敵"状態だ。だが、所詮一時的な能力だ。さっさと奴を仕留めないと、強化が切れちまう。そうなれば、ぶった切られるのなんてあっという間だぞ』


「そうは言うがな……」


 先ほどから体の奥底から湧き上がってくる得体の知れない力の源は、あの新兵器の力を奪い取ったものだったのか。しかし、ミーンの言う"無敵"状態にあっても、目の前の男ヒンテルは事もなく応戦している。もしこの一時的な強化が切れてしまえば、何が起こるかなんて考える必要すらない。


「……あと三分」と、オスローが唐突に呟いた。「あと三分どうにかしましょう。そうすれば、この場を切り抜けるチャンスがやってくる」


「……何の根拠があって?」


「先ほど援軍を呼びました。あの兵器の妨害がなければ、あと三分ほどでやってくるでしょう。それまで持ちこたえるんです」


「しかし、どうする? 奴が作り出したこの檻をどうにかしないことには……」


「きっと、どうにかしてくれるでしょう。いずれにせよ、それまで耐えられなければここで討ち死にです。……ここからはチームワークで行きましょう。私の合図で動いて、いいね?」


「了解」


 俺とオスローは隣合って立ち、橙の剣と黒い剣が並び立った。相対するは、不気味なオーラに身を包んだ大男──ヒンテルは未だなお余裕そうな表情で、俺たちの様子を眺めている。


「俺を倒す算段でも付いたのか?」ヒンテルは挑発的に言葉を発したが、オスローは不敵な笑みを浮かべて、


「そのつもり!」


と叫びながらヒンテル目掛けて突っ込んでいく──と、彼女が後ろ手に合図を送ってきたのを俺は見た。奴の背後に回れ──一言も説明されていないのに、その時の俺は勘が冴えていた。


「──炎舞、『赤楼閣』!」


 剣を下方に構えながら突っ込んでいったオスローは、ヒンテルの剣の間合いの一歩手前辺りで、思い切り剣を地面へと叩きつけた。途端、地面から真っ赤な炎の渦が立ち上って、ヒンテルの全身を覆いつくす。


「焼き殺す気か? いいや、こいつは……目くらましだ!」


 オスローは炎に包まれたヒンテルに向かって剣を振るった。俺の方からは奴の様子を伺い知ることが出来ないが、それは奴も同じだろう。赤い炎の目つぶし。しかし……


「こんな子供だましで!」


 何も見えていないはずなのに、ヒンテルの剣は正確に、オスローの素早い剣閃に追い付いた。ガン、ガン、ガン……剣の衝突音が二度三度。あの状況でもヒンテルはオスローの剣を受け切っている。


 だがしかし、真の攻撃役はこちらの方だ。炎の壁で移動と視界を封じた状態で、俺が死角から奴を狙う。この状況、他に取りうる手はあるまい! 俺は渾身の力で地面を蹴って、体勢を崩しながらヒンテルの背後に回りこんだ。俺は勘を頼りにして、炎の柱に向けて剣を振り下ろした。取った、俺はそう思った。


 しかし。


「甘ちょろいなあ! この程度の策で!」


 炎の柱の中から──目にも止まらぬ突きが飛んできた。剣を振り下ろして無防備になっていた俺に向かって一閃……


「後ろから襲ってくるなんて読めている! 方向さえ分かれば、お前らの剣技など目をつぶっていても怖くないぞ!」


 ヒンテルの剣は、俺の剣を巧みに回避して、無防備になっている俺の心臓を寸分の狂いもなく貫いた。俺は空中に飛び上がったまま串刺しになり、それから地面へと倒れこんだ──


 ──ように見えたのかもしれない。


「……! 手ごたえがない?!」


「かかった!」


 ヒンテルの剣は、確かに正確に急所を貫いていた。しかしそれは……


「オスローの炎で作った幻影だ! そっちからじゃあ、外の詳しい様子は見えないようだな」


「なんだとっ!?」


 ──そう、ヒンテルが貫いたのは、オスローが燃え上がる炎で象った人型だったのだ。


「レイル君、今!」


 炎に隠されて表情こそ見えないが、間違いなく動揺しているに違いない。今が絶好のチャンスである。俺は既に、先に切られた炎の幻影と殆ど同じ動きでヒンテルに接近していた。ヒンテルの剣は虚空を突き刺したまま動かない。好機! 俺は全力で剣を振りかぶると、炎の向こう側の影に目掛けて叩き伏せた。

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