第36話 それはまるで夢のような気分で

 突如全身に電撃が走ったような衝撃が走る。視界が虹色に明滅する。気持ちがふわふわと高ぶって、何もかもが上手くいきそうな高揚感に満たされる。


 銃を構えた兵士たちに囲まれているのに、全くと言ってもいいほど恐怖感はなかった。剣を前方に構え、戦闘態勢をとる。俺の挙動に怖気づいたのか、一人の兵士が突然発砲した。弾丸が銃口から飛び出て、鋭く回転しながら俺に襲い掛かる。


 しかし、無駄である。その速度はあまりにも遅い。奇妙なことに、視界に映る全てのものが、スローモーションのようにゆっくりと見えていた。俺は剣を軽く振るって、飛翔する弾丸を地面へと叩き落した。


「……! 化け物め!」


 今度はその場にいた全員が俺に向かって発砲した。十数もの銃弾が飛行する。そして俺は、冷静に全てを捌き切る。いや、きっと冷静ではないのだ。俺はさながら大剣豪の気分で、気分良く剣を振るっていた。


「行くぞ! リーベルンの野郎ども!」


 俺は青白く輝く剣を天高く振りかざし、兵士たちに飛び掛かった。体を回転させ、すり抜けるように敵の集団をすり抜ける。すれ違いざまに剣先に触れた敵の機銃は、まるで豆腐のようにあっけなく切断され、空に向かってバラバラに吹き飛んだ。


「う、うわ! 撤収、撤収だ! ヒンテル様を呼ぶんだ!」


 蜘蛛の子を散らすように兵士たちが遠ざかっていく。敗北する気が微塵もしなかった俺は、リーベルンの兵器が火を噴いて壊れているのを見届けると、オスローとヒンテルが去っていった方向へと駆けだした。


 周辺に赤い火の粉をまき散らしながら、オスローとヒンテルは未だに剣を交えていた。オスローが繰り出す燃える剣の乱舞は、遠くから見ると幻想的にすら映る。しかし、その情景に感動している暇はない。だんだんと二人との距離を詰めていくと、橙色の光に照らされて、苦悩に歪んだオスローの表情がはっきりと見えた。


「オスロー!!!」


 俺は絶叫する。普段であれば一旦様子を伺って、彼女を助けるために思考をフル回転させるところだが……今の俺は、呪いの力に絆されて完全に気が大きくなっていた──剣を振りかぶったまま絶叫し、地面を砕く勢いで蹴り飛ばしながら距離を詰める。


「……なんだ?」


 ヒンテルも、彼を援護していた護衛の兵士たちも、俺の存在に気が付いたようだった。兵士たちは一斉に銃を俺に向け、発砲する。しかし、無駄である。俺は羽虫を払いのけるように銃弾の雨霰を剣で捌く。輪形に展開していた兵士たちを一足で飛び越えると、オスローと鍔迫り合いをしていたヒンテルの頭上を強襲した。


「なんだ、貴様は!?」


 驚き顔のヒンテルは、思わず後方に飛びのいた。俺はオスローを庇うように前方に立って剣を構えなおした。オスローは目を丸くして、


「あなた……一体……?」


と困惑交じりの声を上げる。


「自分でも分からない。しかしなんだか、随分と体が軽いんだ」


「さっきの爆発は……あの機械を破壊したの?」


「そうだ。つまり、俺たちの作戦は成功だ。さっさとこの場を離れよう」


 俺は周囲を見回してそう言い、オスローも驚きながらも頷きを返した。しかし、


「……そんなに簡単に、逃がすわけないだろうが!」


と、ヒンテルの恐ろしい声が辺りに響き渡る。途端、俺たちの立っている地面が激しく振動を始める。地震か? いや違う、ヒンテルが何かやっているに違いない。


「──呪法、『雨降り牢獄』(レイニー・ジェイル)!」


 その叫びとともに地面を濡らしていた雨水が一斉に動き出し、俺たちとヒンテルを取り囲むように水の柱を形成した。俺は本能的に嫌な予感を感じて、勢いに任せて剣を振るった──が、その青色の柱は鋼鉄のような硬さで、俺の剣をガンッという金属音とともにはじき返した。俺たちは瞬く間に、青い柱で区切られた空間に閉じ込められたのである。


「……まさか"呪術機関"が壊されるとは……貴様一体何をやった? いや、それよりも……その剣は……」


 ヒンテルは露を払うように剣を振るい、俺たちの方にゆっくりと近寄ってくる。不敵な笑みが闇の中に浮かび上がり、俺は否応なしに恐怖を感じていた。オスローも再び剣を構えなおし、炎の灯った剣先をヒンテルの喉元に向けている。


「……その剣、どこで手に入れた? 我々の獲物と似ている、しかし何所となく違っている……貴様は一体なんだ? 本当にエントリアの人間か?」


「生憎だが、俺はエントリア出身じゃないんでね」


 俺は男が全身から放っている殺意に抗いつつ、小声でオスローに問いかける。


「どうする? この檻をぶっ壊すのは厄介そうだぞ」


「……でもこの状況、こいつを倒して脱出するというのも厳しいね。……とりあえず、時間を稼ぐしかないかな」


「だったら、俺に任せておけ」


 俺は呪いのせいなのか、相変わらず全く根拠のない自信に満ちていた。剣を上段に構え、ヒンテルに向けて高らかに宣言する。


「俺が相手だ。かかってこい、ヒンテルとやら」


「いい度胸だ。名も知らぬ少年よ」


 男は同じく剣を構えると、口角をニヤリと歪ませてそう言った。

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