第35話 チャーミング・マキナ

 しばらくして目が覚めた。目を覚ますことが出来た。


 仰向けに倒れていた俺は、すぐさま自分の手のひらを見つめた。──生きている。体も無事だ。一体なぜ? 俺は間違いなく、懐の爆弾で少年とともに吹っ飛んだはずだったのに……。


 立ち上がって辺りを見るが、先ほどの少年の姿もない。辺りに散乱していた無数の短剣も跡形もなく消え去っている。何があったのかは分からない。どれ程の時間が経過したのかも。


「おい、さっさと起きたらどうなんだ!」


 急にがさつな声が聞こえてきた。ミーンが刀剣を震わせてギャンギャンと叫んでいる。


「ミーン。一体俺は……どうなった?」


「お前のことを解説してやる余裕はない。それよりもさっさと、そいつを壊してしまえ。さっきの爆発で、リーベルンの奴らがこっちに戻ってきている。さっさと片を付けないと今度こそ死んじまうぞ」


「なんだと?」俺は立ち上がって周囲を見回した。まだ隊服姿の連中は視界には見えないが……ミーンの言うことが正しければ時間の問題だろう。「……しかし、一体どうやって破壊すればいいんだ? 爆弾も使ってしまったし、あの少年、何も言わずに消えてしまった」


「あんな奴に教えてもらう必要もねえよ。俺様はこいつのことをよーく分かってるからな。……その機械の下の方に黒い箱みたいな意匠があるだろう?」


 俺は慌ててその巨大な装置を調べ始めた。ミーンの言う通り、黒い箱状の部品が人目を憚るように備え付けられている。


「そいつがこの機械の動力部だ。こいつをぶっ壊してしまえば、この"砲台"も二度と火を噴くことが出来なくなる」


「……しかしどうやって壊す? 見た感じ凄まじく堅牢な造りだが……」


「見た目に騙されるんじゃねえ。そいつを壊すのは簡単だ。俺の刀身を、その箱に向かって突き刺すんだ。それだけでいい」


「なんだと? そんなことで、この巨大な機械が?」


「悩んだり疑っている余裕はないぞ。さっさとやってしまうんだ。一般兵士どもはともかく、ヒンテルの野郎が戻ってくると厄介だ。さっさとやれ!」


 半信半疑ではあったが、ミーンの言う通り悩んでいる暇はない。俺は剣を抜くと、見るからに鉄製で硬そうな箱に剣を向け……思い切り突き刺した。


 ──数秒間の沈黙。その後、


「フウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!! この感じだ! この感覚だ!! 最高だ!!! フハハハハハ!!!」


とミーンが歓喜の絶叫を上げる。


 それと同時に、突き刺した箱の切り口から、赤や青、黄色の眩い光が、クラッカーのように弾け出て、辺り一帯に拡散をし始めた。


「何が起こってる! 何をやった! ミーン!」


 俺は剣を抑えたまま問いかけるが、


「最高なことさ! 最高なことさ! 最高の気分さ! ハハハハハ!!!」


とまともな返事は帰ってこない。俺は思わず剣から手を放して距離を取った。余りにも異様な何かが起こったことだけは確かだ。何をやったんだ? そもそもこの兵器は一体……。新兵器とは言っていたが、剣を突き刺してこの反応とは少なくとも常識的な代物ではない。


 俺の心に立ち込めた疑問に、機嫌よさそうなミーンの声が回答を与え始める。


「この兵器はな、専門用語で"呪術機関"、チャーミング・マキナって呼ばれている代物だ。呪いの力を原動力として動く、新時代の兵装。呪いの力で動いている、今のお前と同じような存在さ」


「呪いの力だと? このデカブツも……?」


「その通りよ。呪いの力は非現実的なことでも簡単に実現してしまう。エントリアに対抗するためにリーベルンが研究を進めてきた、いわば秘密兵器のような代物よ。お前が持ってきたようなちっぽけな爆弾じゃ、傷一つ与えることは出来ないだろうよ」


「それならお前は、一体何をやっている! この兵器を壊しているのか、それとも?」


「なあに、単純な話だ。呪いで動いているものは、呪いの力こそ弱点なのだよ。俺の本質は呪いの力。このデカいのも呪いの力で動いてはいるが、所詮意志のない力だけの朧げな存在だ。明確な悪意を持ったミーン様の手にかかれば、こいつの力を取り込んで機能不全にすることくらいわけないって話だ!」


 光の放出は次第に収まっていき、代わりに機械に突き刺さった黒い剣が、青白いオーラを放ちながらブルブルと震えていた。俺は恐る恐る剣の近くに近寄り、再び手に取ろうと手を伸ばした。


「貴様! 一体何をしている!」


 と、背後から声がする。驚いて振り向けば、銃を構えたリーベルンの兵士たちが数人、半円状に取り囲んでいた。


「ヤバいな」


 銃を持った兵士に囲まれている。絶体絶命だ。頼みのオスローは姿も見えないし、無事なのかさえ分からない。俺は絶望感からか、全身の血が足元から抜けていくような感覚を覚えていたが、


「ククク、いい機会だ。気分もいい……」


と、ミーンは何故だか上機嫌である。


「レイル! さっさと俺を、こいつから引き抜け! 今回は特別だ。俺の最高の気分をお裾分けしてやるよ!」


 俺は兵士たちと目を合わせたまま突き刺さった剣の柄に手を伸ばし、一息のうちに引き抜いた。


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