第34話 去り際

 どれくらい経ったのか分からない。俺の剣と少年の短剣は何度も衝突し、火花を散らす。不愉快な金属音が響き渡り、体が強張る。凄まじい量の斬撃を叩き込んだ気がするが、少年の肌に届くことはなかった。そして驚くべきことに、少年の剣も俺には届かなかった。それは俺の力というよりは、明らかに"呪い"の力のおかげだった。


 重い剣を振り回して流石に息が切れてくるが、少年は涼しい表情で微笑している。それはおそらく、俺と奴の獲物の違いではあるまい……奴はまだまだ、何かを隠している。意図は分からないが、まだ手の内を明かしていないに違いない。


 と、膠着状態を打ち破るように、遠方で凄まじい爆発音が響いた。思わず視線を音の方向に向けると、雲まで焼く勢いの巨大な炎が巻き上がるのが見えた。オスローが何かをやっている。苦戦しているのか、それとも……。兵器への接近時に無線を切って以来、彼女の声を聞いていないから状況を知る術はない。とはいえ、剣を構えた敵の前で悠長に無線などに耳を傾けている余裕もないだろう。


 俺は再び目の前の少年を見据えたが、少年はなぜか不愉快そうな表情で立ち上る炎の影を見つめている。


「案外と時間がなさそうだ。……仕方ない」


 少年は溜息を吐いてから首を振ると、俺の方に向き直る。そして、短剣を天に向かって掲げ──絶叫。


「呪法、『銀鳳の陣』!!!」


 少年の号令とともに、地面に散乱していた銀色の短剣たちが、息を吹き返したかのように震え始め──一斉に俺に向かって突撃してきたのだ。凄まじい量の剣が上から下から、縦横無尽に飛び掛かる。俺は必死に剣を振って振り払うが、数が多い。剣戟の間を縫って、一本の剣が肌を掠める。鋭い痛みが腕を鈍らせ、今度は二本の剣の襲撃──一度この連鎖が始まってしまえば、あっという間だった。


「ぐあっ……!!」


 俺の体中に、銀色の剣が突き刺さる。腕、足、胴体、首……百では済まない数の傷が一斉に危険信号を伝え、俺は視界が霞むほどの痛みを味わった。濡れた小動物のように体を振るって突き刺さった剣を振り払う。全身から穴の開いた樽のように血が噴き出す。辛うじて剣を地面について倒れこむのだけは防いだが……診断してもらうまでもなく、凄まじい負傷であることは分かった。


「油断大敵だな。落ちていた剣に気を回していないとは」


「……なんだ、お前のその能力は……」


 振ると分裂して飛んでくる剣、合図で一斉に襲い掛かってくる剣、何かしらの能力を使っていることは明らかだが、その正体は掴めない。少年は短剣を懐に収め、退屈そうに伸びをした。


「君は実体験としてよく知っているだろうよ。……"呪い"の力さ。何かを代償にして力を得る黒い力。まあ言うならば、俺たちと君は、似た立場にあるかもしれないね。まあもっとも、俺は君と違って、正規の方法で身に着けたんだけれど。……さあて……」


 少年はふらつく俺の近くに歩いてきて、俺の全身をじろじろと観察するように眺めてから、


「……不思議な"呪い"だ。俺たちのものとは若干趣が異なる。それでいて、剣聖の連中のそれとも違う。大変……興味深い」


 俺は無防備な少年を前にしながら、剣を振ることが出来なかった。全身の痛みに耐え、前方を睨んでいるだけで精一杯だった。少年の視線は、今度は俺が杖にしている黒い剣の方に向いた。


「……実はね、俺はその剣を譲り受けたいと思っているのだ」


「なんだって?」俺は驚いて、か細い声で聞き返す。


「俺の興味は君というより、君の体を支えているその謎の骨董品にあるのだ。さっきの戦い、君の力ではあるまい? 持ち主をそれなりの剣士へと叩き上げるその"呪い"の出所が、俺は大変興味がある」


「お前の目的は……この剣……?」


「その通り。まあ、俺が君からこの剣を没収した暁には、たぶん……君は死ぬだろうね。俺は君に、そろそろさようならを言わなくてはならない。心苦しいが……悪く思わないでくれよ」


 少年はそういうと、黒い刀を掴んで一気に引き抜いた。全身のバランスが失われて、俺は雨で濡れた地面に倒れこむ。辛うじて顔を上げ、少年を睨む。少年はその黒い刀身をうっとりと眺めながら笑っている。


「それじゃあ、俺の用事はこれっきりだ。悪かったな、邪魔をして。後は死体に戻って、ゆっくりと眠るがいいさ」


 少年はそういって、俺を一瞥してから歩き去った──いや、歩き去ろうとした。その直後である。少年の手の中の刀が、突然青色の光を放ち始めたのである。


「な、なにっ!」


 少年は驚き顔で、黒い刀を地面へと取り落とす。地面に尻もちをついて、目を白黒させている。


「防御機構か? 面倒くさい細工をしやがって……」


 少年の視線が、関心が、完全に俺から逸れている。行動を起こすなら今しかない──俺は全身の激痛に抗いながら立ち上がると、腰砕けになった少年に向かって飛び掛かった。


「なんだ? 往生際が悪い!」少年は不愉快そうな表情で、馬乗りになった俺を睨んでいる。「ボロボロ君が何をやったところで、全てが無駄なあがきだ。大人しく死んでいろ!」


「無駄なあがき……本当にそうか?」


 俺はもう覚悟が出来ていた。覚悟せざるを得ない状態に追い込まれていたというほうが正しいが。──懐に手を入れて、徐にスイッチを入れる。


「……何をやった? 何をやった、お前!」


 異常に気が付いたのか、少年が蒼い顔をしてジタバタとし始める。俺は自分でも驚くほど冷静だった。


「何をやったか? 分かっているんだろ?」


「……! まさか、お前!! やめろ!」


「……爆弾の起爆装置を入れたのさ。せっかく用意してもらったんだ。有効活用しなくちゃあな」


 何をしても終着点は死。であるならば、せめて前向きに死んでやる。起爆装置を起動する自分の手は、震えもせず迷いもなかった。俺は少年を押さえつけたまま……静かに目を閉じた。

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