第33話 怪しい少年の戯れ

「誰だ!」


 俺は危うく、手の中の爆弾を落として消し炭になるところだった。見上げてみると、装置の上に照明に照らされた人影が一つ──どうやら少年のようだった。俺よりもかなり若い要旨をしている。


「驚くなかれ。俺は君の敵じゃない。まあ、味方でもないが」


「なんだお前は。リーベルンの人間ではないのか?」


 よくよく観察してみれば、奇妙な格好である。リーベルンの軍服を着ておらず、まるで街に買い物にでも出かけるようなラフな格好である。少なくとも、戦争の最中にお目にかかれる格好ではない。


「立場としては、リーベルンのほうが近いがね。まあしかし、今回は君の邪魔をしに来たんじゃない。むしろ逆さ。……君はこの装置の破壊を命じられている、そうだろう?」


 少年は口だけに笑みを浮かべてこちらを見ていた。こいつ、何が目的だ? ……しかし深く悩んでいる時間はない。オスローの方も気がかりだ。さっさと行動に移らなくてはならない……。


「こいつで破壊できないと言ったな。それは本当か?」


「ああ、本当さ」少年はケタケタ笑いながら答える。「信じられないのならやってみるといい。装置は壊せず、気が付いて戻ってきた兵士たちにハチの巣にされてお仕舞、チャンチャンさ。それよりも、元いい方法があるんだ。聞きたくないか?」


 少年はそういうと、機械の上からふわりと飛び降りて、俺の前に着地した。──いつの間にか、少年は短刀を抜いている。俺は驚いて咄嗟に後方に退くと、忌々しい黒い刀に手をかけて抜刀した。


「少しの間、俺と遊んでくれよ。ヒンテルの奴も、まあ、まだそれなりに時間がかかるだろうからさ。……俺はねえ、呪いの力で命を繋いでいる半死人が、どれ程のものかを確かめてみたいんだ。俺が満足したら、こいつをぶっ壊す方法を教えてやってもいい」


「……お前、俺のことを?」


 半死人、呪いで命を繋いだ者──間違いなく俺のことだ。こいつ、俺がこの剣を手に入れた経緯を知っている? 一体何者なんだ、こいつ。俺はなんだか空恐ろしくなってきて、剣を持つ手に自然と力が籠った。


 俺の動揺するさまを見て、更に口角を歪めて少年は続ける。


「僕らの界隈では有名なんでね。呪われた少年が、聖なる都エントリアへ。フフフ、面白い話じゃないか。……まあいいさ。いずれにせよ、君は僕をどうにかしなければ、この歪んだ兵器をどうにかすることは出来ないんだ。選択肢は、最初からたった一つなのだよ」


 少年はナイフのような剣を構えて、戦闘態勢を整えた。俺も剣を前方に構え、少年の持つ剣の切っ先に

集中する。いつの間にか大降りになった雨が、俺の背中に降り注ぐ。冷たい雫が頬を伝わり、地面へと流れ落ちていく。何時でも来い──俺は心の中で呟く。


 突然、少年は剣を上段から下方に向かって振り下ろした。奴の持っている剣が届くはずのない間合い──しかし、奇妙なことが起こった。振り下ろした剣先から迸るように、銀色の影が俺に向かって放たれたのである。


「動け!」


 全身に命令して俺は剣を振り払い、飛翔する銀の影を叩き落した。墜落した影は雨に濡れた地面に突き刺さる──それは短剣だった。少年は全く同じ短剣を、手の中に持っているというのに! 何が起きた? 剣を二本隠し持っていて、一方を俺に向かって投げたのか?


 いや、違う。この俺の全身が感じる強烈な違和感は、そんな安易な現象ではないと直感している。……間髪入れずに少年は剣を振りかぶり、再び虚空を薙いだ。やはり銀の影が分裂を起こし、俺の喉元目掛けて飛んでくる。今度は体を低くして回避し、反撃開始。俺も負けずと剣を少年目掛けて叩きつけるが、機敏な動きで回避してしまう。


「少し小手調べといこうか。──呪法、『万剣峰』!」


 少年は数歩後退したかと思うと、突然大声で絶叫した。不自然な体制から短剣を振ると、再び剣の先から剣が飛び出してくる。しかし、今度は数が多い。少年が腕を振った一瞬の間に、数百もの剣が空中に打ち出され、俺の方に目掛けて無秩序に飛び掛かる。


「うおっ……」


 回避は困難。それは明確。 さあ、どうする? しかし考えるよりも先に、手が動いた。全て撃ち落としてやればいい!


 俺は両の足をしっかりと踏みしめて、ただがむしゃらに剣を振るった。自分でも驚くほどの剣の速度。これも呪いの、剣の悪魔の力のなせる業に違いない。俺の脳は状況の理解に追い付いていなかったが、俺の手は、足は、体幹は、どのような動作をすべきなのか完璧に理解しているようだった。俺は瞬く間に、飛び交う数百もの短剣を濡れた地面へと叩き落した。ガチャン、ガチャンという鈍い音が辺りに響き渡る。


「流石!」少年は楽しそうな声を上げる。「それくらいやってもらわないと、張り合いもないってもんだ!」


 少年は興奮した様子で、今度は一気に間合いを詰めて切りかかってくる。しかし、目で追えない速度ではない。腕が追い付かない速さではない。凄まじい斬撃の雨霰──しかし俺の体は、その鋭い攻撃の全てを、辛うじてながらも対応することが出来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る