第32話 雨の中の炎
オスローは照明に照らされた兵隊たちの一団を指さした──男が一人、椅子に座って寛いでおり、その周辺を囲むように兵士たちが集まっている。説明はなくとも、その男が偉い人物であることは分かった。オスローは獲物を狙う獣のような鋭い目で、その男の様子を伺っている。
「奴は……ヒンテル・クレイっていう男。リーベルンの主力の一角。……状況からして、あの新兵器の防衛に付いているようね」
「強いのか?」俺がそう尋ねると、オスローは険しい表情で頷いた。
「正直に言って、一番来てほしくなかった相手かも。……さあて、どうしようかな……」
オスローはいつになく真剣な、深刻そうな表情をしている。恐らくそのヒンテルという奴は、相当な実力者なのだろうと類推する。……俺たちの目的を達するにはもう少し兵器の傍まで近寄らなくてはならないが、そうなればあの男との戦闘は避けられないだろう。
「仕方がない……時間もないからね。……私が囮役になります」
「囮? 君が?」
「そう。私がヒンテルと、周囲の兵隊たちを引き付けるから、その間にあなたが接近して、爆弾であいつを破壊して」
オスローは淡々とそう告げると、存在を確かめるように腰元の刀に手をかけた。
「大丈夫か?」
「……なるべく早く済ませてくれるとありがたいわね。。無線機を繋げておくから、頃合いを見て接近して」
オスローは一つ深呼吸をして呼吸を整えると、林の影から体を出して、ゆっくりと厳かに剣を抜いた。朱色の刀身が明かりの乏しい闇の中でも美しく輝いている。──突然、弾けるように駆けだしたオスローは、軍隊が屯している前方へと勇ましく突っ込んでいった。
彼女が敵の前方に躍り出ると、兵士たちは一斉に銃口を向ける。それとほぼ同時に、彼女の立っている場所から天高く火柱が上がり、周囲を橙色の光で照らし始める。──椅子に座っていた男、ヒンテルは突然の敵襲にも動じる様子もなく、ゆっくりと光の中に立ち上がった。
「なんだなんだ、"十二剣聖"様がこんなところまでお出ましとは」
耳に当てた無線機は、オスローが聞いている音を明瞭に届けてくれる。無線越しであるにも関わらず、ヒンテルの声は俺の背筋を冷えさせるのには十分な威圧感を孕んでいた。
「俺に挨拶に来たわけではあるまい。狙いは当然……こいつだよなあ」
「それは何? 悪趣味な形をしてるけど」オスローが煽るように言うと、兵士たちを割って前に出てきたヒンテルが高笑いを上げる。
「俺たちの"雇い主"の新作さ。素敵な威力だっただろう? こいつさえあればエントリアの堅牢な国境防衛も形無しってわけだ」
「そんなこと許すと思っているの?」
「許してもらうだけさ。……久しぶりにガチンコの勝負と行こうじゃないか、オスロー・スカイベル!」
男が声高に叫び声をあげると、今度は男の足元から、紫色の不気味なオーラが空に向かって立ち上り始める。それは相当離れた俺の位置からも見えるほど、毒々しい色の輝きを放っている。炎に包まれ明るく輝くオスローと、禍々しい雰囲気のヒンテルが合い向かう。
「友軍諸君! 彼女はエントリアの至宝、"十二剣聖"が一人、オスロー様だ! 予想外だが、好都合! ここで彼女を打ち取って、司令官殿への手土産にしようじゃないか。全員、戦闘態勢!」
ヒンテルは部下から受け取った長剣を携え、剣先をオスローの方へ向けてピタリと静止した。──かと思えば、突然飛び掛かるように前進してオスローに切りかかる。無数の銃口に囲まれたまま、二人の剣の応酬が始まった。
それとほぼ同時に、突然ぽつぽつと雨が降り出した。大粒の雨が地面に落ち始め、夜の視界の悪さがさらに悪化していく。無線機の向こう側でヒンテルが叫ぶ。
「炎の剣聖、オスロー。雨の日は貴様の能力も半減だろう?」
「フン、どうだか。雨の日は嫌いじゃないけどね!」
もしやこの不自然にして唐突な雨は、奴の仕業なのか? 安易な発想だが、炎を操るオスローにとって、雨というのは不利に作用するのではないか? ──実際、勇ましく戦闘を開始したはいいが、オスローは俺の目にはやや押され気味にも見えた。ヒンテルが凄まじい速度で剣を振るい、オスローは後方に押されているように見える。……いや、違う。彼女はわざと引き気味に戦っているのだ。新兵器と彼女を取り囲む兵士たちの距離を離し、俺が安全に工作ができるように……。
雨の飛沫が視界を曇らせるが、それはこちらに関しても同条件だろう。奴らに気が付かれずに接近するには、この雨はむしろ好都合だ。後退しながら戦っているオスローにつられて、兵器の防衛にあたっていた兵士たちの全てが彼女の迎撃に回り、双眼鏡で見る限り兵器の周辺に兵士がいなくなった。好機! 俺は林の中から出て、夜陰に紛れて接近を始めた。
「どうした? オスロー。まだまだこんなものではあるまい!」
「クッ……!」
詳しい状況は分からないが、無線を聞く限りどうやらオスローは苦戦しているらしい。あまり長引かせるわけにはいくまい。俺は懐に忍ばせた小型爆弾を確認し、一気に謎の機械との距離を詰めた。見張りはいなくなっており、その不気味な構造物には容易に触れることができた。自分の身長の四倍はあろうかという巨大な装置。強いて言うなら砲台のようにも映るが、俺の記憶の中にあるどれとも整合しない。一体どんな装置なのだろう──しかし、兵器の素性なんてこの際どうでもいい。壊せるか、壊せないか、それだけが問題だ。
俺は小型爆弾を懐中から取り出して、設置位置を探った。リース曰く、この箱状の爆弾を取り付けて、起動すれば数分後に吹き飛ぶはずだ。俺が慎重に設置位置を探っていると、
「……フフ、そんなちゃちな代物では、こいつは壊せんよ?」
と意地の悪そうな声が頭上から降ってきた。
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