第31話 戦いの後の約束
「アメリアという人は、なぜ戦争を強行するのですか?」
俺がそう尋ねても、チリンは表情を曇らせたままである。
「分かりません。……色々な建前は聞いてきました。人々の平和のため、未来のため……けれど結局、あの人が何を考えているのかは私には……他の"十二剣聖"の方であれば、あるいは知っているのかもしれませんが……」
「そうですか……」
俺は黒い剣を腰元に添えなおしてから、空を見上げた。いつの間にやら薄い雲が空を巡り、星々の光を覆い隠していた。俯いたままのチリンに、俺は唐突な申し出を投げてみる。
「……一つ、お願いがあるのですが」
「……? なんでしょう?」
「今回の作戦が終わった後の話です。俺を……そのアメリア様という人に会わせてほしいのですが。同じ"十二剣聖"のメンバーなのでしょう? なんとか取り次いで頂けないでしょうか?」
チリンは目を丸くして驚いている。何を言い出すんだと云わんばかりの表情である。
「本気ですか? いや、打診してみるくらいは可能だと思いますが」
「本気です。一度でいいんです。会って直接話をしてみたい……」
俺は熱を込めてそういうが、チリンの反応はあまり芳しくない。「……あの人は、滅多に人前に現れませんよ。頼んだとして、会ってくれるかどうか……。同じ立場の我々の前にすら顔を出しませんからね」
「ダメ元でもいいんです。とにかく、俺はきっかけが欲しいんです。……俺が無事帰ってくることができたら、約束してください」
「うーん……」
煮え切らない態度のチリンだったが──結論を出す前に横やりが入った。リースが俺たちの方に駆け寄ってきて、息を切らしながら叫ぶ。
「こんなところに! もうすぐ作戦決行時刻です。オスローさんは既に準備を整えています。レイル君も早く! チリン様も指揮の方を」
「了解です。……では、俺は準備に向かいます。約束、よろしくお願いしますよ」
俺が見様見真似の敬礼をチリンに捧げると、彼女は長い溜息を再び漏らした。
「……考えておきます。その代わり、五体満足で帰還すること。いいですね?」
「了解です」
拠点前には再び戦場に向かう兵士たちが集まって、何やら互いに話をしている。リースが俺とオスローを呼びつけて、紙の束を見つめながら作戦について説明を始めた──と言っても、それは作戦と呼べるような高級なものだとはとても思えなかったけれど。
「……敵の新兵器は、リーベルンの主力部隊の後方をぴったりと追従しています。この拠点から敵の先鋒部隊を避けるように大きく迂回して、夜陰に紛れて接近する。レイル君はこの無線で状況について逐一報告してください。……あわよくば、兵器の破壊工作をお願いします。爆破用の小型爆弾を用意させました」
物騒な代物が目の前に引き出されて、いよいよ俺は緊張し始めるが、隣のオスローは涼しい表情のままである。
「オスロー様は、レイル君の護衛役です。……私が心配するような立場ではありませんが、"聖剣"の力があるにせよ、敵陣中で孤立するのはかなり危険です。くれぐれもお気をつけて……」
「分かりました」オスローは恭しく頭を下げる。「もうそれほど猶予もありません。また敵の新兵器が何かやってくる可能性もあります。直ぐに出発しましょう」
オスローと俺は、拠点防衛を固める友軍たちと離れ、シュトラの夜を駆けだした。車を使えば気取られるという理由で、雑木林の中をひたすら疾走する。平時であれば冗談ではないと文句の一つも言うところだが、事態は一刻を争うのだ。
ミーンがそれとなく力を貸してくれているのか、長い距離を全力疾走しても息が切れない。なんとも便利な体になったものだ──しかし、俺の先を行くオスローは、まるで野生動物のような軽快さで前進している。今更ながらに気が付くのだが、彼女も恐らく"聖剣"の力を借りている部分があるのだろう。"聖剣"とは不思議な代物だ──とはいえ、死人寸前だった俺を走らせている"呪い"の力も大概なものではあるが。
……どれ程走っただろうか。オスローが急に方向転換して、林の出口で足を止めた。
「あいつね……」
オスローは息をひそめるように言った。彼女の視線の先には、伝令手が報告してきた新兵器と思しき物体があった──それは奇妙な見た目だった。数え切ればないほどの照明によって照らされた中に、円錐状の巨大な物体と、それを取り囲む無数の兵隊たちの影が見える。
「なんなんだ、あれは……」
その物体は、今まで俺が見たことのない形状をしていた。少なくとも、まともな兵器だとは到底思えない。美術館に飾られた、奇特な芸術家の作ったモニュメントだといわれたほうが、まだ納得できただろう。
「……相当警備がいる。厄介だな」
俺は隣のオスローに声をかけるが、彼女は渋い表情を浮かべたまま押し黙っている。かと思うと、やれやれと首を振って、
「……厄介な奴がいる。結局、アメリア様の勘は当たったか」
と呟くように声を漏らした。
「厄介な奴?」
「ええ。とても厄介な奴。"三大悪"の連中、予想通り来ていやがるわね……」
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