第30話 奇妙な原理
「……一体何のつもりだ?」
作戦会議が一時解散になった後、俺は拠点外の人気のない場所に、黒い剣を伴って歩いて行った。久しぶりに動きを見せたかと思えば、俺を死地へと向かわせようという謎の提案である。
「お前の考えていることが分からない。何故"十二剣聖"を助けるような行動を取らせる? お前にとっては、俺が何も手を出さずに指を咥えてみているほうが都合がいいんじゃないのか?」
「ククク……それはむしろ、お前にとって都合がいい話ではないのかね? まあ、そんなことはどうでもいい。これは俺様の、単純な好奇心によるものさ」
「好奇心だって?」俺は刀を傍にあった木箱の上に置いて、一歩距離を取った。
「そう。俺様も、リーベルンの連中が放った謎の新兵器の攻撃を見ていたんでね。少し、悪魔なりに興味を持ったってわけだ。是非とも近くで拝みたい」
「こちらの砲撃手に頼んで、向こうの陣営に打ち出してやろうか?」
「そうイライラするなよ、"相棒"。大体お前だって、荷物運びなんて面白くないだろう? 戦場に身を投じるのなら、死と危険に隣り合わせの任務に就かなくちゃあ、様にならんという話だ」
「悪魔らしい素晴らしいものの考え方だ。参考にさせて頂きたいね」
俺の体の奥から、自然とため息が漏れてくる。敵の新兵器の偵察──この状況では、戦局に大きな影響を与えかねない重要な任務である。流れで軍に籍を置いただけの素人には、いささか責任が重すぎる……。
それにしても、俺にはミーンが何を考えて、どういう行動原理で動いているのかがさっぱり分からない。こいつはその気になれば、いつでも俺の体を操って、自由自在に動かすことができるのだ。なんなら直ぐに作戦会議室に戻って、チリンやオスローに切りかかることだってできるのだ──恐らく、以前ミーンが予測したように、成すすべもなく切り殺されるだけであろうが。
俺の行動は、明らかにエントリアという国に利するものである。俺がこの東部戦線に駆り出されたのは成り行きであるが、悪魔は特に反抗することもなく俺を自由にさせている。それどころか、自分の興味という建前で、エントリアの勝利のための行動を積極的に取らせている。何を考えているんだろうか。黒い剣は時折小さく刀身を震わせるだけで、俺の気になっていることは何一つ語らない……。
「……お一人ですか?」
と、突然背後からチリンの声がした。
「ええっ、あ、いや、その……」
「誰もいないようですが……もしかしてその刀とお喋りを?」
俺はこの黒い刀と会話できることを、結局誰にも打ち明けていなかった。つまり俺は傍から見れば、薄暗い建物の影で刀を正面において独り言を言っているように見えるはずだ。とんだ不審者である。俺はどう取り繕うか、どう言い訳すべきかと慌てふためいた。しかし、チリンは穏やかな表情で俺の目を見る。
「分かります。なんとなく、喋りたくなってしまいますよね。特に……あのような重大な決断を下した後には」
「えっ? ああ……」
「私もたまに、刀に向かって一人で喋っていることがあります。……なんでしょうね、相談相手って無機物の方が気乗りするときがありますよね」
「えー、あー、まあ……そうですかね」俺は困惑を表情に出さぬよう気を付けながら言葉を返す。「……あなたも、自分の剣と話を?」
「話を、というより悩みを打ち明けたりですか? もちろん剣の声が聞こえるとか、そういうんじゃないんですよ? 流石にそこまでは精神削れていませんから……」
「そうですか」若干馬鹿にされたような気がしたが気のせいだと思われる。「……チリンさんは、何故こんなところに? もしかして……あなたも独り言ですか」
「半分は正解ですね。色々と悩んで、酷く頭痛がします。はあ……早く終わらないでしょうか。こんな戦争……」
チリンは憂鬱そうに虚空を眺めている。薄々感じてはいたけれども、このチリンという少女は特別、戦いに対して積極的であるわけではないようだ。"十二剣聖"こそ戦争を引き起こした張本人だと、剣の悪魔は俺にそう言った。これは矛盾ではないのか? 俺は思い切って聞いてみた。
「俺はエントリアの外で生まれて、色々あってここまで来ました。実のところ俺はまだ、エントリアが何故リーベルンと戦争状態にあるのか、その経緯を知りません。よかったら簡単にでも教えて頂けないでしょうか?」
「……難しい話ですね。しかし簡単な話でもあります。エントリアとリーベルンの仲が悪化して、戦争一歩手前のところまで行った。そして、アメリア様が戦争の開始を宣言した。ただ、それだけです……」
「アメリア様が?」俺が尋ね返すと、チリンは小さく頷いた。
「"十二剣聖"の中でも、色々な意見がありました。ですが、アメリア様は積極的な宣戦布告を主張し、それで話は終わりです。"十二剣聖"の総意としては、リーベルンを含めた外敵の徹底的な排除、ということになりました。今回の戦争は、殆どアメリア様の独断です。責任転嫁をするわけではありませんが……」
「アメリア様というのは、それほど偉い方なのですか? 思い返してみれば、その人の意見如何で色々なことが決定されているように見えます」
「そうですね……とても偉い……」チリンはわずかに眉を歪ませてそう答える。「なぜ彼女が偉いか……というより、"十二剣聖"で誰が決定権を持つのか……その原則をご存じですか」
「いいえ」俺が首を振ると、チリンは溜息交じりにこう返答した。
「……強さですよ。アメリア様は"十二剣聖"の中で一番、誰よりも強い。ただ、それだけのことなんですよ」
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