第29話 無謀なる作戦

 結論を言えば、エントリア軍は総崩れの状態になった。


 謎の白い発光体による攻撃。前線に立っていた兵士たちは絨毯爆撃のような攻撃に苛まれ、撤退を余儀なくされた。幸いにして多くの隊員たちが防衛拠点への帰還を遂げたのだけれど、どれ程の被害があったのかは不正確だった。


 リーベルンの軍勢はこれを好機と見たか、防衛拠点へのゆるやかな前進を開始していた。本隊が拠点周辺に到達するのは時間の問題である。兵士の数こそエントリアの方が上ではあるが、あの正体不明の攻撃が再び降り注げば、この堅牢な拠点もどうなるか分からない。


「私が真正面に立って敵を殲滅します!」


 チリンは……明らかに浮足立っていた。彼女は負傷した兵士たちを前に、怒りと責任感からか、明らかに冷静ではなかった。


「責任は私にあります。これほどの大損害を出す予定ではなかった……。私が"聖剣"の力で、敵を……」


「一旦冷静になりましょう」動揺するチリンの体を押さえながら、オスローは必死に宥めていた。「あなたの能力は強力ですが……まだ敵の手の内が見えません。迂闊に攻めるべきでは……」


「ですが……敵はじわじわと進んできています。早急に手を打たなければ」リースは地形図を見つめながら深刻な口調で進言する。


「隊長殿! 偵察隊から観測情報です。リーベルンの軍勢本隊の後方に、何やら巨大な砲台のようなものが見えると……」


「砲台……敵の新兵器か?!」


「詳細は不明です。しかし、射程距離があまりにも長すぎます。特別な代物であることは間違いないかと……」


「チッ、そいつを排除しないことには迂闊に攻められんぞ」リースは不愉快そうに舌を打った。「その新兵器とやらの正体を探る必要がある……もっと接近して観測を……」


「では私が偵察役として参りま……」


 チリンが新兵器の偵察をかって出たが、オスローは彼女の手を押さえて、窘めるように言う。


「今回の作戦の指揮官はあなたです。指揮官不在では、何かあったときに大変でしょ? ……私がいってきますよ。どちらにせよ暇でしたからね」


「そんなダメです。あなたは"十二剣聖"の一人なんですよ? あなたに万が一のことがあれば、私は……」


「それはあなただって同じでしょう?」


「しかしですね……」


 二人の剣聖が冷静に言い争いをしていた。俺は遠くの方から様子を伺うことしかできなかった──のだが。俺の膝の上の黒い剣が、久々に小刻みな振動を開始した。


「これは……!」


「ん、どうしたんだい? レイル君」隣に座っていたモラートが訝しげな表情で俺を見る。


「いや、なんでもない……」


 俺はそう答えたが、実のところなんでもあった。……体の自由が、利かなくなっていく。この感覚には覚えがある。ミーン、剣の悪魔! 一体この局面で何を……。


 俺の体は徐に立ち上がり、ぽかんとした表情で俺を見つめる他の隊員たちを尻目に、作戦を話し合っているチリンたちの元にスタスタと歩いて行った。そして……


「話は聞かせてもらいました。……私がその偵察役、お受けしましょう」


と突拍子もないことを言うのだった。俺は困惑したが、表情を歪める自由は奪われていた。


「何を言っているんです?」呼吸を合わせたように、オスローとチリンが戸惑った声を上げる。


「その偵察役、私が引き受けようという話です。負傷者が出ている現在、手が空いている……というより役立たずは私くらいのものです。私は幸いまだ元気ですが、このまま拠点に留まっていても戦線に寄与できるとは思いません。故に、私が適任かと」


「……しかしですね」唐突な申し出に戸惑っているのか、チリンはあからさまに不承顔である。当然だろう、何を隠そう言い出している俺自身、その発言に混乱しまくっているのだから。ミーンの奴、何を考えて俺にそんな提案を? 確かに現状、銃もろくに使えない自分がこの急場で役に立つとは思えないのだが……。


 その場に気まずい沈黙が流れ、俺はその場から走り去りたい気分に駆られるが、生憎とミーンは俺の体の自由を返してはくれない。──と、その沈黙を打ち破るように、オスローの懐に入っていた通信機が着信音を鳴らした。


「……はい、オスローです。……えっ、ああ、分かりました。少々お待ちを……」


 誰からの通信なのかは分からないが、明らかにオスローの表情が変わったように見えた。彼女は会釈も軽く急いでその場を離れ、廊下へと駆けだしていった。一同が目を丸くしてオスローの去っていく背を見送っていたが……二、三分ほど経ってから、再び俺の隣に戻ってきた。彼女はチリンやリースたちを一度見まわしてから、


「……彼の提案、私は賛成します」


と一言。


「……本気ですか? オスローさん」


 チリンの顔の上の困惑は、よりその色を濃くしていた。しかしオスローは、さも当然と云わんばかりの堂々とした表情でさらに言葉を続けた。


「確かに彼の言う通りです。敵の先制攻撃で人員に余裕があるとは言えません。手の空いている彼に、偵察役を任せるのは良策かと」


「しかしですねえ……敵のすぐ傍まで接近するんです。危険な任務ですよ?」


「覚悟はできています」心にもないことを俺は言う。それから、オスローが俺に続いて宣言する。


「それと……私も彼に付いていくことにします」


「ええっ? ……それなら、こう言っては何ですけど、オスロー様が単独で向かったほうがいいのでは? レイル君の存在意義は……」


 リースは控えめに反論するが、オスローは小さく首を振った。


「彼が行く理由は、必ずあります。……少なくとも、アメリア様はそう考えています」


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