第28話 混乱および混乱
それから三日ほどは、息つく間もなく激務が続いた。エントラから運び出した兵装、東部基地に蓄えられた武器などの運び出し……いずれも時間がかかり、骨が折れる。ようやく仕事が終わったかと思えば、新入隊員への厳しい訓練。俺は人生で初めて銃を手に取った。戦争を恨んでエントリアに乗り込んできた自分が、戦争に加担することになるとはなんという因果だろう。結果として避けようがなかった決定だったとはいえ……。
いや、それもこれも、アメリアという女に会って真相を聞き出し、あるいは復讐を遂げるための布石である──少なくとも今の状況では、そう考えて折り合いを付けるより他に選択肢はなかった。
「……我々の想定が正しければ、連中は深夜に奇襲を仕掛けてくるはずです。ギリギリまで敵の軍勢を引き付けた後で軍を展開、半円状に包囲して敵を壊滅させます。もし"三大悪"が戦線に参加するようなら、その時には私が対処します」
チリンたちが立案した作戦は、単純なものだった。防衛拠点の正面突破を目指すリーベルンに対し、数倍の戦力で包囲して集中攻撃、一気に壊滅させる。戦闘のド素人である俺でさえ、容易に理解できる内容だった。
「敵の襲来の合図があったら、まずギリギリ相手が撃破できそうな程度の兵力を前線に送り、撤退気味に戦闘を展開すること。"三大悪"の動向如何ではありますが、この兵力があれば苦戦するようなものでもないでしょう。しかし、油断は禁物です。……我々の平和を脅かすリーベルンの連中に、大打撃を与えてやるのです!」
「おおおおお!!!」チリンの声に応じて、兵士たちが叫ぶ。軍隊の士気は高かった。
リーベルンの襲撃が予想される日の昼になって、全体に防衛拠点での待機命令が出た。偵察役によって連絡がなされれば、拠点待機の兵士たちが一斉に出撃し、シュトラの荒野を突撃していくのだろう。俺は結局後方支援の荷物持ちであるので、前線に突っ込む兵士たちに比べれば気楽なのだけれど、それでもどことなく緊張感が走って、落ち着かなかった。一大戦力であるところのオスローは、念のためという名目で俺と同じ場所で待機を命令されていた。俺の相部屋仲間は前線への突撃役で、既に建物の外で待機していた。
ゆっくりと太陽が沈み、夜が訪れる。建物の少ないシュトラの荒野は、瞬く間に黒い影の中に沈んでいく。そして……その時を待ちわびていたかのように、地鳴りのような音が防衛拠点の内部にまで響き始めた。
「……来ました。予測通り真正面です!」
観測手の声が兵士の待機場に響く。その場の全員にピリリとした緊張感が走り、チリンが絶叫する。
「作戦開始!」
防衛拠点の照明がたかれ、まずは斥候の兵たちが拠点前方へと展開していく。それと同時に、敵を包囲するための第二部隊が、前進する準備を整える。……銃撃が聞こえ始めた。本格的な戦闘活動の開始である。
俺は拠点から外に出て、空を見た。既に激しい攻防が始まっているようで、稲妻のような明滅と爆発音が目と耳を襲う。俺は陣頭で指揮を執っているリースの指示に従い、拠点内を忙しく駆け廻った。戦況を伝える伝令役が、
「リーベルンの軍勢、ほぼ想定通りの勢力です。敵の前進を引き付けた後、円形展開に移行します!」
「予定通りね」オスローが低い声で呟いた。「あとは……面倒くさいのが出てこなければ……」
「敵軍隊、前進を開始しました。これも予定通り」
「よし!」暗闇に目を凝らしながら、リースは伝令に叫ぶ。「予定通り。第二軍、迂回するように前進して待機。次の合図で一斉攻撃!」
「いや、ちょっと待ってください!」だがしかし、不吉な声が辺りに響く。「なんでしょう、アレ……何かが後方で輝いています。直ぐに確認を……」
その異常は、望遠鏡を覗いていない俺たちにも直ぐに気が付く事ができた──前方の闇の中に、まるで打ち上げ花火のように登っていく光の粒が一つ。
「砲撃!?」
リースはそう叫んだが、恐らく、いや、絶対に違う。光の粒は闇の中に打ちあがっていき、ある高度でピタリと上昇を止めたのである。まるで星空の一つにでもなったかのようにキラキラと白い明滅を繰り返す。どう見ても砲撃の類ではない。
そして、次の変化は直ぐに訪れた。宙に舞った白い光を中心に、幾条もの白線が黒い夜に伸びていく。……何が起こっているのか分からない。しかし、まずいことが起き始めていることだけは、本能的に分かった。
オスローも何かに気が付いたか、手に持っていた荷物を放り投げて走り出した。
「伝令手! 全隊に防御態勢の指示!」
「えっ? 一体何が……」
「早く!」
宙を舞った光の粒たちは、ゆらゆらと宙を漂ってから──流れ星のように地上へと落下し始めた。白い発光と、爆発音。何が起こっているのかは分からないが、敵が何をしたいのかは理解できる。これは……敵の攻撃だ。
「こっちにも来ます! 全員、拠点内に退避して! 早く!」
オスローが絶叫しする。彼女の言う通り、光の粒の一つがこちら目掛けて凄まじい速度で接近してくる。
「……ちいっ!」
オスローは拠点基地の壁を猫のように駆け上がり、剣を抜いた。そして、飛来する光の隕石に向かって、一振り。
「燃え墜ちろ!──炎舞!!!」
オスローの絶叫とともに、彼女の剣先から巨大な赤い炎が立ち上り、白い光に向かって一直線に伸びていく。凄まじい爆風と熱気を振りまいて登っていくそれは、飛翔体と激突し、弾ける。猛烈な光で視界が一瞬完全に真っ白になり、それに引き続いて立っていられないほどの爆風。俺は近くの兵装に掴まって辛うじて飛ばされずに済んだが、周囲に立っていた兵士たちは多くが後方に吹っ飛ばされていた。
白く燃える落下物とともに、オスローは地面にストンと降り立った。
「なんだか分からないけど、また来るわ。全軍に一時撤退命令! 早く!」
「りょ、了解! 全員一時退却!」
リースが絞るような声でそう叫ぶと、その場にいた兵士たちが拠点内部へと逃げていく。オスローは黒い空を見上げたまま、険しい表情を崩していない。
「なんだこれは、一体……」俺は困惑しながらオスローに尋ねる。「こんな兵器があるなんて……もしかして、例の"三大悪"とやらの力なのか?」
「……多分違う。けれど……」オスローは躊躇いがちに首を振った。「厄介なのは間違いない!」
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