第27話 前向きと後ろ向き

「……つかぬことをお伺いしたいんですが……つかぬことをお伺いしてもいいですか?」


 チリンは川の方を向いたまま、ぽつりとそう言った。俺は彼女の横に腰を下ろして、白く輝く水面を見つめた。


「……私、理想のリーダーっぽい喋り方になっていましたか。……あなた方の方から見て、どうでした?」


「ええ? ……それは……えーと……」


 そういえば、以前もそんなことを聞かれたような気がする。その時は困惑するばかりで、思い付きで適当なことを言っただけだったけれど。うむむ……。


「……まあ、リーダーっぽいとは思いましたよ。以前に喋った雰囲気とはずいぶん違っていたので、驚きはしましたが。リーダーって、まあ、そんなもんなんじゃないですかね?」


 相変わらず適当な、曖昧な返事だと俺自身思うのだが、何が正解かなんて俺には分からない。チリンはちらりとこちらに視線を向け、更に尋ねる。


「あなたは……オスローさんと仲がいいのですか。あの方、何か言っておられましたか? 『まるでなっていない』とか、『人間として生きていて恥ずかしいと思わないのか』とか……」


「いやいや、言うわけないでしょう」


「そうですか? だったらいいんですが……」


 口ではそうは言うものの、チリンの表情には影が落ちたままである。


「その……そんなに心配なんですか? その、リーダーぽいってやつ……」


「……自分でも、気にしすぎだっていうのは分かっているんですが」


 彼女はふう、と長く息を吐くと、近くにあった小石を手に取って、水面に向かって放り込んだ。放物線を描いて舞った石はパシャっと音を立てて沈み、楕円形の波紋が川の上に浮かんだ。


「……"十二剣聖"は、エントリアで一番偉い組織です。偉い人間は下の人の手本となるような、立派な立ち振る舞いを心掛けなくてはならない。それは傲慢にふるまうのでも、下に媚びるのでもない。常に泰然とした態度でいなくてはならない──イスカさんはそんなことを言っていました」


「あの人か……」


「……私自身、そうあるべきだと思います。けれど、上に立つ人間の立ち振る舞いというのが、私にはまだ分からないのです。見よう見まねで強い言葉を使ってはみるのですが、どうもしっくりこないというか……」


「俺が……この組織に入ったばかりの俺が言えることではないかもしれませんが、そんなに悩むものでもないのではないですか? 別に、あなたを軽く見ているような人も、少なくとも俺の近くにはいませんよ。安心してくださいよ」


「そうですか……それはありがたい話です」チリンはそれを聞くと、力なく笑う。「けれど……少なくともアメリア様は、私のことを信用していません。だからこそ、オスロー様を寄こしたのでしょう。あなたの補助役、なんて言っていますが、実質的には私のお目付け役なんですよ、きっと。私が何か失敗すると、そう思っているからこその対応で」


「あーもう、ネガティブな人だな!」


 俺は長々と暗い話を聞かされるのが大の苦手だった──彼女の気が済むまで聞き手に徹していようと思ったけれど、話が好転する気配がない。俺は耐えきれずに声を荒げてしまった。


「大丈夫ですって! 何とかなりますよ! そもそもこの作戦の責任者をあなたにしたのはアメリア様なんでしょう? それは信用されているってことですよ、きっと。それに、仮に信用されていないのだとしたら、今回の作戦で証明してやればいいんです!」


「そうですか……?」


「そうですよ! ……さあ、そろそろ基地に戻りましょう。夜から作戦会議があるんでしょう?」


 俺が図々しくも手を差し伸べると、彼女はゆっくりと手を取った。


「……明るい人ですね」


 チリンは埃を払って立ち上がりながら、呟くようにそう言った。


 基地内の食堂で食事をとった後、作戦に参加する者全員でのミーティングが始まった。大きな会議室に大量の隊員たちが集められ、わらわらとひしめき合っている。


 壁に貼られた巨大な地形図の前には、作戦立案用の巨大なテーブルが置かれ、その前にチリンとリース、それから東部基地長のグズネイが立っており、何やら喧々諤々の議論を交わしているようだった。


 遠くから見るチリンの表情は、川べりで見た時よりも幾分か明るくも映ったが、それが本当に気持ちを入れ替えたのか、それともカラ元気なのか、その表情からは分からなかった。


「……情報部の持ってきた資料によると、リーベルンの主戦力の一つが一週間後、この東部基地と隣接する国境防衛地点を襲う計画なのだという。今回我々の目的は連中の計画を阻止し、防衛地点の防御を行うことである」


 リースはよく通る声で、部屋にいる隊員たちにそう告げた。計画がいよいよ具体的になり、俺は奇妙な高揚感を覚え始めた。モラートもマイネルも恐らくは同じようなことを考えているのか、相部屋で話していた時よりも真剣な顔つきを浮かべている。


 リースによる簡単な連絡が終わると、モラートが俺の方を見た。


「……新入りの仕事は、主に荷物運びだ。最前線で戦う戦士たちに物資を届ける役割。地味だけれど、極めて重要な仕事だ。……しかし、荷物運びとはいえ、多少の備えはしておいてもいいだろう。まだ本番まで一週間ある。俺が君に、簡単な銃の扱いを教えておこう」


「それは、大変助かるな」正直なところ、剣一本で戦地に出向くというのは、いくらポジティブな人間でも不安に思っていたところだったのだ。


「シャワーから上がったら、さっそく講義を始めようじゃないか」


 モラートがそういうと、傍にいたマイネルが露骨に嫌な顔をする。


「……どこでやる気なんだ、それ」


「決まっているだろう? 俺たちの部屋だ」


「勘弁してくれよ! どうせ余計なことまで喋った挙句、三時間も四時間も続くんだろう? 俺が眠れたもんじゃないじゃないか!」


 何か嫌な記憶でもあるのか、マイネルは頑なに講義に対して抗議していたが、結局のところ強引に押し切られて実施が決まってしまった。そして俺は……後悔した。モラートの極めてマニアックな銃講座が一旦の切れ目を迎えた時には、既に窓の外がぼんやりと明るくなり始めていたのだった。

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