第21話 目利き人

 翌日、俺はフェリに言われたとおりの時間に、昨日剣を交えた中庭に舞い戻った。今日は看護施設で借りていた間に合わせの服を脱ぎ、部屋に用意されていた服──エントリア警備部の制服に袖を通していた。通気性がよく動きやすいその布地は、恐らく戦闘を想定して設計されたような趣があった。


 フェリがその場に姿を現すと、無秩序に集っていた周囲の人間が一斉に動き出して、庭の端にある鉄製の段の前に美しい列を形成した。フェリはゆっくりと段の上に上がり、列をゆっくりと見下ろす。俺はぽかんとして離れたところから様子をうかがっていたのだが、やがてフェリがこちらに気付いたのか、手をチョイチョイ、と動かして手招きする。俺は慌てて列の傍に駆け寄り、見よう見まねで待機の姿勢をとった。


「本日の定例報告……の前に、新入りを紹介する。レイル君という。警備部の新入りとして配属になった。仲良くしてやってくれ」


「どうも……」


 一斉に俺の方に視線が向いたので、俺は小さく会釈をする。


「彼は第四部隊所属ということに決まった。当該の部隊員は、彼の指導に当たること。……さて、本題に入ろう。急で申し訳ないが、遠征の命令が出ている。場所はエントリア東部。諜報部の方から、リーベルンによる中規模な侵攻計画の話が出ている」


 フェリがそういうと、沈黙していた隊員たちのが俄かにざわめき出す。フェリは顔色を変えずに淡々と話を続ける。


「今回は前もって東部防衛基地に待機し、連中を迎え撃つという展開になる。……が、少々厄介な噂もあある。例の……"三大悪"の一人がこの侵攻計画に係わっているらしい。最悪の場合、奴らと交戦する可能性も出てくる。それは少々……骨が折れる話だ」


「誰が関与しているとか、具体的な話があるのですか?」


 最前列で聞いていた男の兵士が質問を投げたが、フェリは首を小さく振った。


「誰が来るとか、詳しい情報はない。奴らが来るというのも、確証のある話ではない。しかし、まあ、用心しておかなければなるまい。俺たちは随分と、連中には煮え湯を飲まされてきた」


 "三大悪"という単語が出て以降、隊員たちの表情が明らかに変わっていた。過去何があったのか俺には分からないけれど、きっと相当に苦労したのだろうということだけは何も聞かずとも理解できた。


「……"十二剣聖"のお方々も、今回の話には多少憂慮していらっしゃるようだ。そこで今回の作戦、"剣聖"から一人、助っ人をお招きすることに決まっている。チリン・ベルコート様だ。いざというときは彼女の力を借りるかもしれないが、それはあくまで緊急時、だ。彼女の手を煩わせるのは、警備部にとっての恥だと思え。……私からは以上だ。以降は部隊ごとにミーティングとする。各部隊長の指示に従うように」


 フェリはそう言って壇上を降りた。整列していた隊員たちは、それぞれどこかに向かって散開し始めた。人の流れを目で追っていると、背後から唐突に声がかかる。


「やあ、新入隊員。君も四番部隊なのだろう?」


 振り返るとそこには、体格のいい男が柔和な笑みを浮かべていた。


「俺はモラート。君と同じ、四番隊の隊員さ。歓迎するよ、新入り!」


「あ、ああ。どうも」張りのある大きな声に、俺は少々たじろいだ。


「四番隊のミーティングはこっちの部屋だ。付いてくるといいよ」


「そりゃあ……ありがとう。悪いな」


「なあに。新しい仲間に対しては当然の行為さ。気にすることはない。……ところで君、いいものを持っているね」


 モラートは俺の腰元、念のために持ってきた例の黒い剣を指さした。


「この剣が気になるか?」


「気になるさ! 見るからに曰くつき、という風格じゃないか。どこで手に入れたんだい? 何か伝説とか言い伝えとか、そういう類の代物じゃないのかい?」


「これはその……拾ったんだ」


 俺はこの剣を手に入れた時のことを覚えているし、この剣の性質──何やら悪魔に取り付かれた呪いの剣である──ということは分かっていたが、寸でのところで口を噤んだ。まさかこの剣が、"十二剣聖"の連中を殺せ殺せと囁いてくるなんて明かせば、なんて思われるか分かったものではない。


「そうなのか……暇があったら、僕に少し調べさせてもらえないかな。こういう武器の来歴を調べるのが趣味なんでね」


「それはまあ、構わないが。……変わった趣味だな。剣マニアというやつか」俺がそういうと、モラートは妙に誇らしげな表情を浮かべる。


「そうだね。この国には僕にとって、面白いものがいっぱいだ。"十二剣聖"の持つ聖剣なんて、その最たるものさ。……そういえば今回の作戦、チリン様も参加するって話だったな。ああ、楽しみだ。不謹慎だかもしれないけど、"三大悪"の連中がその場に現れてくれれば、チリン様の聖剣の姿を拝むことができるかもしれないんだな。ちょっとワクワクしてくる話じゃないか」


 モラートは鼻息荒くそんなことを言ったが、俺には正直……その感覚がよく分からなかった。

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