第19話 フェリの面接

 長くて急な基地の階段をだらだらと登ると、質素な見た目の部屋の前へとたどり着く。"基地長室"という看板が掲げられた扉をオスローが叩くと、


「どうぞ」


という厳かな声が扉越しに響いてきた。


 部屋の中には男が一人、窓の傍に立って外の風景を眺めていた。


「オスロー・スカイベルです。お久しぶりです、フェリさん」


「おあ? オスロー様ではありませんか」その男は驚きに目を見開きながら、小さく会釈を返した。「言ってくだされば歓迎の準備をしましたのに……」


「そんな、大げさですよ。……ところで、あー、想像するにアメリア様から既に話が行っているかと思いますが……」


「アメリア様……ああ……」男は俺の方に視線を向けた。「ええ、聞いていますよ。……つまり、その少年が入隊希望の異邦人とやらですか」


 男は俺の方にゆっくりと歩み寄ってくると、値踏みするような視線で俺の体を上から下までじろじろと眺めた。その目は穏やかなようでいて、野生動物のようなぎらつきを秘めていた。


「……レイル・フリークです。レイビスから来ました」


「……フェリ・シャストリーだ。エントリア警備部の本部基地長を任されている」


 男はそういうと、俺に向かって握手を求めた。差し出された彼の手は古い傷だらけで、相当な場数を踏んでいることが容易に想像された。そして、相当な握力の持ち主だった。数秒間手を握っただけで、俺の手のひらはひりひりと痛んだ。


「アメリア様から話は聞いている。行く当てがないから我々のところで働きたいとな? ……しかし、今は戦争中だ。アメリア様の進言とはいえ、ずぶのド素人を仲間として招き入れるわけにはいかんな」


「ごもっともで」俺は素直に同意する。


「エントリア警部の人間として必要な資質は一つ。優れた戦闘能力、ただそれだけだ。……もし警備部に入りたいのであれば、俺に能力を誇示して見せろ!」


 男は急に演技ぶった話し方をし始めると、部屋の壁に掛けてあった刀を手に取って、切っ先を俺の顔面に差し向けた。


「表に出ろ、少年! 俺が貴様の実力を判定してやる」


「急だなおい」


 フェリの勢いに気圧されて、俺は問答無用で基地の外へと連れ出されてしまった。基地の広い中庭に互いに相向かいに立って立たされる。オスローは後ろからのんびりと付いてきて、少し離れた場所にあるベンチに腰掛けた。彼女はフェリの唐突な行動に対しても、特に動じていないようだった。

 

「その腰に差してある刀が、お前の獲物か? 遠慮なく切りかかってくるがいい」


「……そうは言われてもなあ」


 気が付けばオスロー以外にも、足を止めてこちらを眺めている聴衆の姿が見える。俺は困惑した。前回──リーベルンの軍隊と向かい合った時には、体が勝手に動いたのだが……。


「……おい、ミーン。生きてるか?」


 俺は刀を抜いてから、周囲に聞こえないような小声で刀身に語りかける。


「……なんでしょうね」


 如何にも気だるそうなミーンの声が耳に届く。


「ちょっと面倒なことになった。……前みたいに力を貸してくれないか?」


「力を貸すのは構わない。……が」


「が?」


「悪魔に力を借りるというのは、相応のリスクを負うものさ」


 ミーンはそう言うと、意地悪そうな声でヘラヘラと笑った。そしてその直後、黒い刀はブルブルと刀身を震わせる。その振動に呼応するように、俺の体の奥底から形容しがたいエネルギーの湧き上がってくるのを俺は感じた。


 刀を握る手に自然と力が籠る。戯れに剣を振るってみると、自分の想像よりも早く剣先が動く。そしてなにより、何所からともなくやってくる根拠なき自信感。俺はフェリの言うところの"ずぶの素人"以外の何物でもない筈であるのに、気分だけは歴戦の大剣豪のような、泰然とした境地にいた。


 中段に刀を構えたまま動かないフェリに向かって、俺は突進する。剣と剣が触れ合い、激しい金属音が響き渡る。俺は湧き上がる力に身を任せ、黒い刃をフェリに向かって押し付ける。


「……ほう、その軟な腕に似合わず、中々の力ではないか」


 フェリは不敵な笑みを浮かべながら刀を押し返す。流石というべきか、俺が渾身の力で押し込んでも、彼の刀はピクリとも動かない。


「だが、力だけでは!」


 突然フェリは凄まじい力で俺の刀を押し返した──俺の体は思わず後ずさったが、間髪入れずにフェリの上段が襲い掛かる。辛うじて交わしたかと思えば、今度は下段からの斬撃、中段、上段、また下段……。目にも止まらぬ連蔵攻撃! 本当に殺しにかかってきているんじゃないかという迫力と、時折除く楽し気な表情。俺は本能的に恐怖した。


 鋭い下段からの攻撃を受け損ねて、俺は思わず刀を取り落とした。黒い剣は回転しながら宙に舞い、数メートル離れた後方に突き刺さった。しまった、と思ったその時には既に、フェリの刀の切っ先は俺の喉元に突き付けられていた。


「未熟だな。あまりに未熟……」


 フェリは俺を睨みながらそう言った。俺は困惑しながら首元で鈍く光る刀を見ながら、ごくりと唾をのんだ。


「……訓練で一から叩き込んでやる。精々覚悟しておくんだな!」

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