第18話 選ばれし人間

「早速だけど、エントリア警備部の建物まで案内しましょう」


 オスローはそういうと、自分についてくるようにと目配せをした。俺はまだ、多少気持ちの整理がついていなかったところがあったのだが、黙って彼女の後を追うことにした。


「そんなに遠くないんだ。歩いて十分くらいかな?」


「そうか……」俺は上の空で返事する。


「それにしても……アメリア様があんなことを言ってくるなんて意外だったな。会議に顔出さないから、興味ないんだと思ったのに。まあ、あの人がそういうなら、仕方がないかなー」


 苦笑いをするオスローに、俺は恐る恐る尋ねてみる。「やっぱり、アメリア様って人が一番偉いのか。その……"十二聖剣"の中でも……」


「そうね。アメリア様が一番偉いからね。あの人が何か言ってきたら、大概その通りに決まるの。まあ、普段はあんまり会議に参加しないから、実質的に一番偉いのはイスカさんみたいなもんだけど。……あっ、イスカさんは"十二聖剣"の副リーダをやっているの」


 つい先ほどサーシャが語った通りのことをオスローも証言する。会議という形態をとってはいるが、議題の内容によってはアメリアの独断で全てが決まってしまう。なるほど。とすればもしや……エントリアとリーベルンの戦争についての決定を下しているのも、トップであるアメリアなのではあるまいか? 俺はちょっと勇気を出して聞いてみる。


「変なことを聞くようだが……リーベルンとの戦争を始めたのは、アメリアの決定……なんじゃないか?」


「……まあ、そうね。内部でも随分と紛糾したのだけれど、結局アメリア様の一言で全てが決定した」


 オスローの表情に、一瞬だけ影が差したようにも映った。俺は食い気味に言葉を続ける。


「何故だ? 何故そのアメリアという人に従っているんだ? 何故彼女はそんなに偉いんだ?」


「……」


 オスローは急に立ち止まって、何かを思い出すように目を閉じる。そして俺の方に向き直ると、静かな口調で話を再開する。


「"十二聖剣"の制度って、ちょっと複雑でね……。十二人のメンバーの中に欠員が出ると、エントリアの国中から才能のある人間が集められてきて、"聖剣の審判"という試練を受けさせられる。そして、聖剣に認められた人間が新しいメンバーとして迎えられる。聖剣に選ばれた人間は、人知を超えた能力を行使することができるようになるってわけ」


「この前に見た、炎の力みたいなものか」俺の中に炎の前に佇む彼女の姿が蘇る。


「"十二剣聖"に選ばれた人間が、この国の色々なことを決めていく。それがこの国の決まり。そして"十二剣聖"の内、リーダーと呼ばれる人間がす全ての事案の最終決定権を持つわけ。……リーダーが何で決まるかというと、単純な腕っぷし。まあ簡単に言えば、アメリア様は私たちの中で、一番強いのよ」


「なるほど……」


 あの凄まじい、絶対的な炎の力を目撃した後で、オスローよりもアメリアの方が強いといわれても俄かには信じられなかった。そして、黒い剣の最終目標──アメリアの排除という目標が、如何に困難で高い壁であるかを理解し始めていた。


「まあ、会うこともないだろうけど、あんまり怒らせないほうがいいかもね。……さて、さっさと行きましょう」


 エントラ城の門から外に出て、緩やかな坂道を二人で下る。坂の途中で、オスローは前方の白い建造物を指さして、


「あれがエントリア警備部の本部基地。とりあえず、基地長のフェルさんと話してきましょう。アメリア様のことだから、もう話が行っているのでしょうけど」


 その白く背高な建物は、これまた大きな白い塀に囲まれており、鉄製の門の前には制服姿の兵士が数人──その制服は以前、トーチカという人が身に着けていたものと同じものだった──待機していた。兵士は険しい顔つきで辺りに睨みを利かせていたが、オスローの姿を視界に認めると驚いた様子で、


「お疲れ様です、オスロー様!」


と大声を上げて敬礼した。


「いやだなあ。そんなに畏まられても……」オスローは照れ臭そうに頭を掻きながら言った。「フェリさんは今いらっしゃいますか? 少し用がありまして」


「本日は出勤しておられます。恐らく基地長室に滞在していらっしゃるかと」


「ありがとう」


 オスローがそう言って門の方をちらと見ると、視線の動きをすぐに察してか、兵士の一部がすぐに門に取り付いて全開にする。オスローは小さく周囲に会釈をして門を潜り、俺も少々怖気付きながら彼女の後を付いていく。


「……君は……やはりこの国では相当な偉い人、なんだな?」


 俺が周囲の人間の態度に感心してそういうと、オスローは呆れるような笑みを浮かべて、


「……まあ、聖剣に気に入られたっていう、それだけの理由なのだけれども」


と自嘲的な口調でそう言った。

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