第17話 扉の前のサーシャ

 俺が出て行った後も、"十二剣聖"の会議とやらは随分長く続いた。入り口の扉は防音性の良い素材で作ってあるようで、中でどんなことを話しているのかはさっぱり聞き取ることはできない。見知らぬ場所をさ迷い歩くだけの勇気もない。ミーンも一しきり喋った後はだんまりである。俺は途方に暮れてしまい、飼い主の帰りを待つ犬のように扉の前でとぼとぼと歩き回った。


「……おや、どうしました? 何か悩んでいるご様子」


 ふと、再び新しく聞く声がする。視線を向けると一人の少女が立っている。


「悩んでいるわけじゃないんだが……することがなくてね」


「そうですか。奇遇ですね。私もすることがなくて、途方に暮れています」


 その少女はそう言うと、階段の傍の石造りの柵に腰かけ、こちらをじろじろと見始めた。


「……君は、どちらさまで?」


「おや、私のことをご存じない。この聖剣が目に入らぬのですか?」


 少女は身に着けていたロングコートの中から、美しい柄の鞘をした短剣を取り出した。


「……もしかして、君も"十二聖剣"の……」


「おーイエス。そうです、その通り。サーシャ・ストランドと呼ばれています」


「……その"十二剣聖"の人たちは、中で会議をしているようだけど。君は出なくていいのか?」


 サーシャは困ったような表情を浮かべて、視線を逸らす。


「……忘れていたわけではありません。忘れていたわけではありませんが、随分と遅刻してしまいました。今更参加してもイスカさんに公開説教を食らうだけです。外で時間をつぶしていたほうが有意義です。……ということで、私は今とても暇なのです」


 少女は再び手を懐に突っ込むと、何やら包装された物体を取り出して、俺の方に放り投げてきた。


「名店『ローズヒル』で買った菓子です。姉のために買ったのですが、買いすぎてしまいました。一緒に食べましょう。そしてその見返りに、何か世間話でもしてください」


 随分とずうずうしい女の子だと俺は内心思ったけれど、口には出さずに素直に菓子を受け取った。それからふと思いつきで、彼女に質問を投げてみようと思いついた。


「世間話……でもないんだが、ちょっと聞いてもらえるか?」


「聞くだけ聞いてみてください」


「……君も、"十二剣聖"ってやつの一人なんだよな。じゃあ、アメリアって人のことも知っているのか?」


「アメリア様ですか?」サーシャは意外そうな表情を浮かべる。「もちろん知っています。"十二剣聖"のリーダーですからね。まあ、滅多に顔を出しませんけれど」


「どんな人なんだ、そのアメリアという人は。実はその……俺の知り合いが知りたがっていて……」


「変なことに興味がありますね」


 サーシャはうーんと上方を見上げながら思案顔を浮かべる。


「どんな人、と言われると難しいです。いつもニコニコとしています。いつものほほんとした雰囲気ですが、とても偉い人です。イスカさんもあの人には頭が上がりません」


「偉い人?」


「ええ、偉い人です。"十二剣聖"の会議は十二人の決議によって物事を決めているという建前ですが、基本的にアメリア様の一言で全てが決まります。文句を言う人もいますが、そういうものなので仕方ありません」


「そうなのか……」俺が首を捻っていると、サーシャは手すりの上からふわりと飛び降りる。


「アメリア様に興味があるのですか?」


「いや……そういうわけでは……」


 俺は元々アメリアを殺す目的でこんな場所まで来たんだとは口が裂けても言えない。しかし、彼女の透き通るような眼は俺の心を見透かすような圧迫感があって……俺は思わず目をそらした。


「女の子に興味があるのはいいことです。でも、あの人には深入りしないほうがいいと思いますよ。なかなか色々と、面倒くさそうですからね……おっと、そろそろですか。ではさらばです、さらば」


 サーシャはそう言うと、急にすごい勢いで階段を駆け下りて行った。俺がぽかんとして彼女の背を見送ると、それから程なくして、ずっと閉まっていたホールの扉が開いた。


「ああ、待たせてしまった? ごめんなさい!」


 オスローは俺の姿を認めると、申し訳そうな顔で駆け寄ってきた。俺はおお、という声未満の返事を返して彼女の顔を見た。


「……あなたの件については、さっき聞いた通りだって。まずは警備部で働いてみて、その後また考えようって。それでいい?」


「ああ……」俺は力なくそう言った──俺はその時、別のことを考えていた。サーシャが言い残した不穏な言葉、深入りしないほうがいいという忠告。どういう意味なのだろうか。その時の俺には分からなかった。

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