第16話 アメリアの手紙
「……まあ、リーベルンの連中のことは、後で考えることにしよう。今は彼のエントリア滞在に関しての話だ」
イスカはごほんと咳払いをしてから、周囲を見渡してそう言った──ちょうどその時だった。彼女の声を遮るかのように、一人の男が入り口の扉を開いて大声を上げた。
「会議中失礼いたします! "十二剣聖"のアメリア様から言伝を預かってまいりました」
「……アメリア様から?」
イスカが怪訝な顔をして席を立ち、走り寄ってきた男から一枚の紙を受け取る。イスカは険しい表情で紙の上に視線を滑らせていたが、やがて自分の座っていた席まで戻ってきて、
「アメリア様から……今回の議題について、つまり、その少年の扱いに関して進言があるとのことだ。今から読み上げる……」
イスカがそう言うと、何事だろうかと円卓の乙女たちは俄かにざわめいた。一体何を言われるのだろうと俺の方も多少緊張して、イスカの顔に注目した。
「えーと……『……オスローさんが助けられたという少年の話を聞きました。それから、彼には行く場所も帰る場所もないので、エントリアにしばらく滞在させてもらえないかという要求も、理解いたしました。伺った話を聞く限り、私個人としては殊更にこの嘆願を拒否する理由もないと考えております』……」
思ったよりは好感触だと、俺はほっとした。しかしイスカは話すのを止めない。
「……『しかしあくまで個人としては、です。リーベルンと戦争状態にある現在、身元の保証できない人間を国内に招き入れるというのは、相応のリスクを抱え込むことになります。であるからして、入出国と在住に関しては"十二剣聖"の承諾が必要であるわけです。客観的に考えて、彼がまだいい人間であるか、それとも悪い人間であるか、判断できる材料を我々は有していません。オスローさんを助けたとはいえ、根っからの悪人だってたまには徳の一つや二つ積むものです』……」
「すごい言い草だ」向かいに座っているケイスがニヤニヤ笑いながら呟く。「ということは、アメリア様の結論としては、反対ということですかな?」
「まだ続きがある」イスカはケイスをじろりと睨んだ。「……『そこで私からご提案なのですが、現在エントリアの警備部、特に国境沿いの警備部隊は慢性的な人手不足に悩んでいます。彼を警備部に招き入れて、仕事をこなしてもらう、その働きぶりと態度から、改めて滞在許可について判断を下す。それまでは、"十二剣聖"の判断としては"保留"ということにしてはどうでしょうか。恐らく、行く場所も無ければ帰る場所も無いのなら、住居や仕事の当てもないのでしょう。警備部に所属になれば、滞在場所と給料も手に入りますから、そう言った観点からもメリットになるかと思われます』……」
イスカがそこまで語り終えると、ケイスが再び笑い声を上げる。
「大変ごもっともな理屈だ。流石アメリア様、お賢いことで! ……ねえ君、アメリア様は多分、君を都合のいい鉄砲玉に仕立てようとしているだけなんだぜ」
「ケイス!」
円卓を挟んで、イスカの怒号が飛ぶ。ケイスはそれ以上何も言わなかったけれど、俺の方に不敵な笑みを浮かべたままである。イスカは呆れたように小さく溜息を漏らしてから、俺の方を真剣な眼差しで見つめると、
「アメリア様が……"十二剣聖"の最高責任者は、私が先ほど述べたとおりに考えているらしい。つまり、暫くの間エントリア警備部の人間として働いてみないか、という提案なのだが、どうだろう?」
「どうだろう、と言われても……」
俺は助け船を求めてオスローの顔を見た。この話の展開は彼女にとっても予想外であったようで、眉を顰めてぽかんとした表情だったけれど、やがて幾分ためらいがちに、
「……まあ、いいんじゃない? いいと思う。というより、それ以外にあまり選択肢がないかもだけど……」
と返答した。
「……分かりました」俺はイスカの青い瞳を見ながら言う。「その人の言う通りにしてください。どちらにせよ、俺には贅沢なことをいう権利はない……」
俺の処遇に関する議題が打ち切りになると、俺は部屋からの退出を命じられた。俺はひらひらと手を振るオスカーをその場に残して部屋を出た。外の廊下には人影が一つもなく、俺は唐突に静かで閑散とした空間に放り出されたようだった。
「……アメリアめ。面倒くさい展開にしてくれる」
と、久しぶりにして突然に、ミーンが暗い声を上げた。
「お前、まだそこにいたのか」
「当たり前だ。なかなか喋らないからくたばったとでも思ったか? 残念だったな」
「……お前、やはりあの"十二剣聖"とやらを狙っているのか」
誰かに聞かれやしないかと周囲を見回してから、俺は小声で剣に問いかける。
「それは当然。アメリアを殺すまで、俺は諦めないよ?」
「しかしだな……」俺は剣を睨みながら言う。「俺はアメリアという人のことは知らないが……あの手紙の内容を聞く限り、至って常識的な考えの持ち主のようだが。もっとこう、暴君のようなものを想像していたが……」
俺がそう主張すると、剣は刀身を震わせて高笑いする。
「口ではなんとだって取り繕えるのさ! 奴の言葉を借りるなら、お前はまだ『判断できる材料を有していない』のだ。その内に分かるだろうよ、あの女の厄介さが……」
ミーンのぞっとするような声色に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
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