第15話 円卓を囲んで

「ええい、入り口に屯して何をしている!」


 オスローと三人に挟まれて質問攻めにされていると、更にもう一人部屋に入ってくる。その声が響き渡った瞬間、四人ともあからさまにびくりとした様子で背筋を伸ばし、声の方に向き直った。その声の主はコルトよりもさらに背が高く、そのせいか凄まじい威圧感を放っていた。


「イスカさん。こんにちわ」


 オスローは丁寧に会釈をし、他の三人も彼女に続いて頭を下げる。俺もつられて頭を下げると、


「君が……オスローの言っていた異邦人とやらだな」


と彼女は静かな口調で俺に話しかけてきた。至極丁寧な語りであるのに、妙な圧迫感を覚える声だった。


「君はレイビスの出身だと聞いた。あの町に関しては……気の毒としか言いようがない。リーベルンとの戦いを長引かせてしまった我々の責任でもある。……君の在留許可に関してだが、"十二剣聖"の会議で承認されれば、問題なく取得できるだろう。今から会議が始まる。いくつかの簡単な質問に答えてくれれば、それで終わりだ」


 イスカという女性はそう言うと、ツカツカと足音を立てながら部屋の真ん中まで歩いていき、豪華な装飾で彩られた円卓の一席に腰を掛けた。


「……座る場所がないけれど、私の後ろに控えていてくれる?」


 頭を上げたオスローはそう言うと、俺の手を取って同じく円卓の方へと引っ張っていった。彼女もまた十二席あるうちの一つに腰を下ろし、クエリやケイスたちもこれに続いた。それとほぼ同時に部屋の扉が開け放たれて、また二、三人の女性が部屋の中に増えた。彼女たちは軽く会釈をしながら次々に席へと座っていく──その間、オスローの後方に立たされっぱなしの俺は、上から下までじろじろと見られて、なんだか小恥ずかしい気分だった。


 やがて壁に掛けてあった柱時計が、ボオオオン、という鈍い音を立てた。イスカは改めて円卓に座っている面子を眺めると、


「今日はまた、随分と出席率が悪いんじゃないか?」


と不満げな声を上げる。


「クエリ、お前の妹は……サーシャはどうした?」


「えーと、正直私もどこにいるのかは……今朝会議の話をしたんですけど、忘れてしまったのか……うーん……」


 クエリは唇を真一文字に結んで、申し訳なさそうに俯いた。


「カーミンは連絡を貰っている。貴族の間の会合が被っているだの云々言っていたが。それから、エウロは……また勝手に放浪しているに違いないんだ! あいつ……。それから……ウィル! またあいつは『行方不明』か? まったく、どいつもこいつも……」


 イスカの声色が段々と重々しくなっていくのが俺にもはっきりと分かった。そしてダメ押しとばかりに、手を後ろ手に組んだケイスが、


「いや、そもそもリーダーのアメリアさんが不在じゃないですか」


と一言。


 ──アメリア! その名前に反応したのか、俺の腰の剣が突然、小刻みに震えだした。アメリアという名前は、悪魔ミーンから聞いている。"十二剣聖"のリーダにして、この戦争を引き起こした張本人だとかいう人物。流石に俺も、心の中がわずかに波立つのを自覚する。残念ながら、この場には姿を見せていないようだが……。


「アメリア様は、まあ、色々と忙しいのだ。……ともかく、六人以上面子が揃えば会議は成立する決まりだ。さっさと始めよう」


 イスカがそう宣言すると、オスローが徐に立ち上がって周りの人達を睥睨する。


「えー、既にご存じの人もいるかと思いますが……最初の議題として、彼のエントリア滞在の許可に関して……」


 オスローはそれから淡々と、事の経緯を説明し始めた。森で倒れていたオスローを俺が結果的に助けることになったこと、リーベルンの兵士たちを前にして、剣一本で勇敢に立ち向かったこと、などを語って聞かせた。俺が見る限り、その反応は様々だった。楽し気に聞いている人、最初から興味が無さそうな人、頭の上に疑問符を浮かべている人……。


「あー、一つ質問いいですか?」


 オスローの近くに座っていた少女──恐らくこの中では最年少だと思われる人が、そろっと控えめに手を上げた。


「その人の滞在は構わないんですけども。それよりもオスローさん、何故そんな森の中で倒れていたんですか? 記憶が正しければ、シーベック折衝地でリーベルンの軍勢と戦闘後、行方不明になっていたと聞きましたが……」


「そのことなんですが……」オスローは頭を掻きながら苦笑する。「私も記憶が曖昧で……気が付いたら森の中に倒れていて、彼に肩を借りたんです」


「誰かにやられた、ってことか? リーベルンの連中に?」


 今度はケイスが口を挟む。


「オスローがやられる程の相手が、リーベルン側にいたということか……正直なところ、その男の処遇云々よりも、お前を打倒した相手とやらの方が興味があるな」


「……そのうち、探してみる予定です」


 オスローがそう言い、その後で発言するものはいなかった。妙な緊張感のある沈黙がその場に流れ、俺はなんだか息が詰まりそうだった。

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