第13話 怪しい声

 エントラに辿り着いた時、俺もオスローも完全に眠ってしまっていた。車内を廻ってきた車掌の笛の音で目を覚まし、慌てふためいてホームへと飛び出す。俺の育った田舎町では到底拝むことができないほどの、凄まじい量の人影があくせくと歩き回っている。


「ここが、エントラ。どう? 人がいっぱいでしょう」


 オスローは額の汗を拭ってから、俺に視線で合図を送ってから歩き出した。俺は行き交う人の波に困惑しながら、彼女の来ている鮮やかな青色のコートを追いかけた。


「ここから少し歩いたところに、エントラ城という古城があります。昔の貴族や王家の人間が長い年月をかけた立派な城。今は私たち、"十二剣聖"の本拠地として使っています」


「はあ……」


 俺は思わず気の抜けた返事を返した。列車の改札を抜けると、真正面に目抜き通りの賑やかな光景が飛び込んでくる。人々は呑気な表情を晒して街を歩いている──それは、隣国と戦争中の国の情景とはとてもではないが信じられなかった。


 トラベルバッグをガラガラと引きずって、雑踏を躱しながら俺は歩いた。色鮮やかな看板の類や、街路樹の美しい緑などに気を取られながらオスローに着いていくと、やがて前方の小高い丘の上に、白い外壁の古城が佇んでいるのが目に入った。


 緩やかな坂道を登っていき、巨大な城門の前に辿り着く。オスローが門の前に立っている屈強そうな男に話しかけると、彼は門の内側に引っ込んでいって、それから数人の兵士たちを土産に戻ってきた。


「お荷物をお持ちします、オスロー様。……その方は?」


 男の一人が俺の方を訝しげな表情で見ながら問いかける。


「お客人。"十二剣聖"の会議に呼ばれているの」


「"十二剣聖"の会議に? それはそれは……。ようこそ、エントラ城へ」


 男はそういうと、俺とオスローを門の内側へと案内した。俺が門を抜ける間、男は終始俺のことをじろじろと胡散臭そうな目で眺めていた。あまり信用されていないというのはその目線が雄弁に語っている。


「……私は自分の部屋に用があるから、ちょっと先に行っていてくれる? この会談を登った先の大ホールで待っていてくれればいいから」


「えっ? あ、ああ……」


 城の中に入ってすぐ、オスローはそう言い残し、駆け足ぎみに城の奥のほうへと去って行ってしまった。丁寧に磨かれた大理石の床が、彼女の足音にカツカツカツという子気味のいい効果音を与えていた。……見知らぬ城の中に放置された俺は、オスローの言った通り急峻な階段を上って、その先にある煌びやかな扉を、恐る恐る開いた。


 部屋の中は驚くほど広く、がらんとしていた。天井からぶら下がった巨大なシャンデリアは眩しいほどに光っていたけれど、室内には人一人おらず、閑散としている。


「……ようこそ」


 部屋の扉を閉じた瞬間、どこからともなく声がしたので俺は驚いた。


「誰だっ!」


 俺は慌てふためいて、叫ぶように言った。部屋の中に人がいる気配はない。自分でも不思議に思うのだが、俺は無意識的に腰の刀に手をかけて、警戒態勢をとっている。


「そんなに怯えなくてもいいですよ?」


「誰だと聞いているんだ。どこにいる?」


「……私たちの憩いの場に急に入り込んできて、『誰だ』なんて、少々不躾ではありません? おまけに剣に手をかけて……先に名乗るというのが筋というものではありません?」


 不思議な声はそういって、クスクスと笑った。その声は、なんとも不思議だった。まるで耳元で囁かれているようでもあり、遥か遠方から響いてくるようでもあった。話し手がすぐ近くにいるようでもあり、気が遠くなるような遠くから語り掛けられているような気もする。俺はなんだか、その距離感の不和のせいで頭がくらくらし始める。


「……俺は、レイル。レイル・フリーク。"十二剣聖"という人たちと話をしにやってきた」


「……ああ、なるほど。例の……」


 その声はそれ以降、考え事でもあるかのようにしばらくの間沈黙を保ったが、やがて思い出したように一言、


「……まあ、いずれ会いましょう。然るべき時に……」


「ちょっと待て、お前は……」


 俺は大声で呼び止めようとした。しかし次の瞬間、激しい立ち眩みが俺の身を襲ったのだ。地面が捻じ曲がるような感覚、視界がゆがみ、思わず倒れそうになる。俺は辛うじて踏みとどまって、フラフラしながら扉の前に佇んでいて……


「……ねえ、ちょっと! そんなところで何をしているんですか」


 唐突に、今度は背後から声がする。オスローの声でもない、先ほどの掴みどころのない不思議な声でもない──驚いて振り向くと、そこには一人の見知らぬ少女が立っており、俺の方をジトリとした視線で睨んでいる。


「ここは"十二剣聖"の大会議室ですよ? これから大事な会議です、関係のない人は早く出て行ったほうがいいですよ」


 その少女は窘めるような口調でそう言い放つ。俺はふと彼女の腰元にも、オスローが身に着けていたのと似た、長剣の鞘が揺れていることに気が付いた。


「まさか……君もその……"十二剣聖"の一人、なのか?」


「……? ええ、そうですけれど」


 その少女はきょとんとした表情で、俺の瞳をじっと見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る