第12話 エントラに向かって

 その後のことは、殆どが伝聞でしか知らない。


 入出国の門を大砲で吹き飛ばして押し入ってきたのは、誰かが叫んでいた通りリーベルンの軍隊──エントリアと長い間戦争を続けているもう一つの大国の奴らであるらしい。国境であるこの場所は、度々ああいった襲撃が起こるのだという──トーチカさんが溜息交じりにそう言っていた。


 オスローが連中を撃退した後は、俺たちは朝日が出るまで消火活動を手伝ったり、ケガ人の手当てを手伝った。つい数時間前まで病床に付していた男が、今度はケガ人の手助けを手伝う羽目になるとは思ってもみなかった。


 あれだけの爆発音と銃声が響き渡っていたのに、その場にいた人たちや建造物の被害は軽微だったようだ。最も酷かったのはむしろ──オスローが振るった炎が勢い余ってぶち抜いた、国境線の高い壁であった。堅牢な見た目の壁面には、布切れに炎を押し当てたように黒く真ん丸な大穴が開いていた。


「……調子に乗ってやりすぎてしまった……」


 オスローは翌日、その大穴を見つめながら青い表情を浮かべていた。


「……もう報告が行っているんだろうなあ。あーあ、絶対メッタメタに怒られるやつだ……」


 気落ちしているオスローを尻目に、俺はぞっとしていた。その穴の巨大な半径は、昨晩の攻撃の破壊力の凄まじさを雄弁に語っていた。炎を操る剣士、オスロー・スカイベル。"十二剣聖"の一人。選ばれし人間──包帯を巻いた頭の中に、トーチカの言葉が反響する。


「……質問、いいかな?」


 俺は恐る恐る問いかける。


「なんでしょう?」


「昨日の……あの炎のアレは……一体……」


 トーチカはくるりと俺の方に体を翻し、腰から下げている赤い鞘を見せつけた。


「フフフ、凄かったでしょう! ……私たちは、"十二剣聖"。聖なる剣に選ばれた人間……。聖剣の力を借りれば、あんなことだってできるのよ」


「……ってことは、その……他の"十二剣聖"の人間も、似たような芸当ができるってこと?」


「うーん、スタイルは人によるけどねえ。まあ、どれも凄いことには変わりないと思う」


 オスローはそういってにこりと笑ったが、俺はどんな表情をすればいいのか分からなかった。


 かつてミーンはこう言った。エントリアという国を支配しているのが"十二剣聖"という連中で、戦争を引き起こしたのもそいつらの意向だと。俺はてっきり、もっと政治家然とした役人のような人間を勝手に想像していたのだけれども、どうやらそのイメージは捨てねばならないらしい。

 聖剣に選ばれた特別な人間たち──"十二剣聖"。

 俺の腰から下がっている悪魔の目的は──あるいはこいつを俺に手渡した主様とやらの目的は、"十二剣聖"の抹殺。


「これはしかし、一筋縄ではいかないな?」


 少なくとも悪魔の口車に乗って、"十二剣聖"の排除に動いたところで、そう易々とは事が進むまい。俺は考えを新たにしなければならなかった。こうして考えてみれば──ミーンの立場からしてみれば、オスローが森の中で倒れていたあの状況は絶好も絶好のチャンスだったのかもしれない。


 これから色々なことを知り、最終的に復讐の炎が俺の心を支配したとして、俺はそれを完遂できるのだろうか? それは甚だ疑問である。少なくとも、今は考えるべきじゃない……。


 リーベルンの襲撃の影響も駅のほうまでは及んでおらず、俺とオスローのエントラ行は特に変更もなく敢行される運びとなった。オスローは巨大なトラベルバッグを手に、俺は看護施設で貸してもらった僅かばかりの旅支度と極めて厄介な黒い刀だけを荷物に、列車へと乗り込んだ。


「それほど時間はかからないと思う」


 オスローは俺の相向かいの座席に座った。彼女は列車での移動に慣れているようだったが、俺はというと──あまり経験がなかったのだ。列車がけたたましい音を上げて動き出し、寂れたホームを離れていく。昨日のことで手が回っていないこともあって、俺たちへの見送りはなかった。


「あのまま放っておいてよかったのか? なんだか悪い気もするが……」


「大丈夫だよ。あの人たち、ああいうの慣れてるから」


「よくあることだったら、それこそ君は離れてしまってよかったのか? またあの連中が襲撃に来るかもしれないのに」


「まあ、念入りに追い打ちしておいたから、暫くは来ないでしょ。大丈夫、大丈夫……」


 オスローはそういって目を閉じると、数分も立たないうちに寝息を立て始めた。随分呑気なやつなんだな──俺はそんなことを思いながら、車窓から見える風景をぼんやりと眺め始めた。

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