第11話 第五剣 オスロー・スカイベル

「わあー、いきなり?」


 獣のように飛び掛かった俺に対し、女は能天気な声を発する。彼女の後ろの兵士たちはざわついていたが、彼女を守ろうという素振りは見せていない。

 急に飛び上がった俺は、剣を大上段から振り下ろす──しかし女は、左手の剣を頭上に構え、涼しい表情で防御する。

 ガギィィ、という鈍い金属音とともに、白い火花が散る。女が虫でも振り払うかのように剣を振るうと、俺の体はあっけなく後方に跳ねのけられてしまう。


「んー……、突然剣で切りかかってくるなんて……これはもう、非戦闘員とは呼ばなくてもいいよねえー」


 女は後ろの兵士たちに何やらハンドサインを送る──兵士たちはその場から数歩後退し、女との距離を取った。女は夜の影の中に二本の刃をゆらゆらとはためかせて、俺に向かってふにゃりとした笑顔を向ける。


「そんな気はなかったんだけどー……君がその気なら遊んであげようかー? ……何分持つかなー、フフフー……」


 急に辺りの温度が下がったような錯覚を覚える。目の前の女は二本の剣を下段に下ろし、引きずるような格好で持ちながら、ゆっくりとした足取りで俺の方に近づいてくる。……ヤバい! 俺の心の中の本能が叫んでいた。何をしてくるつもりなのか知らないが、とにかく危険だ。直ぐに背中を向けて逃げるべきだ! しかし全身にゆるく走っている痺れが、俺に撤退を許さない。


「やるしかないのか、もう……」


 今度は俺自身の意思でもって、黒い剣を強く握りしめた。黒い剣が、ミーンが、一体何をお望みなのか俺にはさっぱり分からないが……少なくとも目の前の女をどうにかしなければ、俺はここで間違いなく死ぬだろう。


「じゃあー……いくよー……」


 女は急に歩みを止め、ぽつりと呟いた。次の瞬間。

 女が消えた。視界から消え……


 ……ガガガガガガギギィン!


 「……っ! 下がって!」


 突然の金属音、それから絶叫。


 何が起こったのか分からなかった。俺は剣を前方に構えたまま、身動きもできずに立ち尽くしている。

 そして俺の目の前では……先ほどの女と、青いコートに橙色の髪の女性──オスロー・スカイベルが剣を交えている。


「下がって!」


 オスロが再び絶叫する。足は……動く! 俺はすぐさま後ろ飛びに後退して、再び剣を構えた。


「あれえ、来てたんだー……言ってくれればよかったのにー……」

「偶然ね! あなたこそノーアポで来るなんて、礼儀がなっていないんじゃない?」


 それから目にもとまらぬ剣戟が始まった。夜陰に隠れて詳細は分からないが、二本と一本の剣が激しく衝突する音が響き渡る。二刀から繰り出される剣技の濁流を、オスローはこれもまた凄まじい速さの剣の振で応戦している。


「っ! ルキ様、援護を!」


 新たな敵の闖入に、背後の兵士たちが俄かにざわついた。後方に控えていた銃剣持の兵士たちが前方に躍り出て、銃口をオスローへと向ける。


「んー……? 手出ししなくていいよー、面倒くさいからー」


 女はそのやる気の無さそうな表情を崩すことなく、両手の剣を振るうのを止めない。


「それにどうせ効かないよ。何しろ"十二剣聖"の一人だし。後ろで見てたほうが安全だって。……いや、それよりも先に仕事をしてしまいますか。この女は私が抑えるから、その間に例の拠点の攻撃を……」


「そんなこと、させるわけないでしょうが!」


 オスローが大きく剣を薙ぎ払って、女も流石に後方へと飛びのいた。オスローは手に持っていた赤く輝く剣を胸の前で構え、何かぶつぶつと呟き始めた。


「えっ、正気! ちょっと大人げなくない? ……ヤベー、本気だわ。全隊後方に撤っ退ー!」


「これだけ滅茶滅茶にしておいて、タダで逃げられるとでも?」


 オスローの声が拡声器でも使ったかのように、辺り一帯に大きく響き渡った。俺は何故だか背中が寒くなって、意味もなく構えていた黒い剣を強く握りしめた。

 次の瞬間、まるで急に朝日がその場に現れたかのように、オスローの体が眩く光った。


「うわー、やっばい!」


 つい先ほどまで涼しい顔をしていた女は、凄まじい勢いで遠くのほうへと駆け始めている。そして俺も、その場から直ちに駆けだしたいという衝動に駆られていた。オスローが全身から放つ光が、俺の中に何か原始的な恐怖心を抱かせていた。


「……自分の国まで返してあげる」


 オスローは上段に持っていた刀を、ただ振り下ろした。動作はそれだけだった。


 次の瞬間、女や兵士たちが逃げて行った方向が、凄まじい爆炎に包まれた。凄まじい爆発音、爆風、閃光、様々な衝撃が俺の五感に襲い掛かる。地面がめくりあがるような熱風に、俺は枯葉のように吹っ飛ばされて、地面の上を転げまわった。前方に構えていた剣は手からすっぽ抜けて後方へと吹っ飛び、その時になってようやく体の自由が戻ってきた。

 前方を見れば、一直線上に燃え上がる地面と、その炎の光に照らされて闇の中に浮かび上がるオスローの姿。オスローは炎の軌跡、女たちが逃げて行った方向をまっすぐ見つめながら、沈黙している。


「何があったのですか!」


 今度は俺の背後から声が聞こえる。それはトーチカの声だった。


「俺のほうが聞きたい」俺は声色を荒立てて聞き返す。「なんだあれは……なんだっていうんだ、あれは……」


 トーチカは俺を助け起こしながら、炎の前でたたずむオスローを見つめていた。そして、何故だか恍惚とした表情で俺に言う。


「あれが……"十二剣聖"の力です。聖剣に選ばれた者の力……。世界を制する女神の力……。あれこそ、炎を操る天才剣士、オスロー・スカイベル様なのです……」

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