第8話 病棟の語り

 それからのことは……いろいろなことが矢継ぎ早に起こったので正確には覚えていない。


 俺は女剣士に連れられて、門を入って直ぐのところにあった看護施設にオスロを運び込んだ。彼女は白衣を着た数人に導かれて部屋の奥へと運ばれていった。俺の方も別室で治療を受ける流れとなって、厳つい顔の医師の前で服を脱いで、診察を受けた。


 奇妙なことに、脱ぎ捨てた服には無数の弾痕と血の跡が残っているにもかかわらず──そして確かに、俺の記憶には流れ弾と飛び交う瓦礫で傷を負った記憶があるにもかかわらず──大した傷跡は残っていなかったのだ。おそらく悪魔ミーンの仕業なのだろうが──こんな不思議なことが現実に起こりうるのかと、俺は喜びとも恐怖とも異なる、ふわふわしたような気分になっていた。


 それから──これは少し後になってから気が付いたのだが──腰のベルトに強固に引っ付いていた黒い鞘と刀剣は、自分でも気が付かないうちに俺の体から離れていた。黒い剣は俺の寝かされたベッドの傍の丸テーブルに置かれて、沈黙していた。門を潜ってからというもの、ミーンは一切声を上げなかった。俺の方から声をかけてみても反応はない。


 そして、ミーンの言うことが確かであれば、俺はオスロを殺害するという、"駒"としての役割を全うしなかったわけである。いつ悪魔の力とやらを取り上げられて絶命するのかと、俺は人並みに恐怖して、医者から手渡された毛布の中でびくびくしていたのだけれども──その瞬間はなかなか訪れなかった。黒い刀はただただ一晩中、何も言わず沈黙を続けたのだった。


 ふと気が付けば夜が明けていて、案内された部屋には朝の穏やかな光がカーテン越しに差し込んでいた。そして、俺の目覚めを見計らっていたかのように部屋の扉が開いて、人が入ってくる──それは昨日、俺を門の内側に導いた女剣士だった。堅牢そうな防具を身に着けていた昨晩と異なり、全身スラリとした印象である。


「目が覚めましたか」


「ええ、まあ……」


「……オスロ様を助けていただいてありがとうございました。……私はトーチカといいます。エントリア警備部の一人です」


 トーチカと名乗ったその女は、改めて恭しく一礼する。俺も思わず釣られて、ベッドの上で頭を下げた。


「オスロー様の容体は安定しています。深い外傷もないようです。ですが、まあ、しばらくは安静です」


「そりゃあよかった」


 俺は苦笑した。まさか俺が彼女を殺すか否かを葛藤していたなどと思いもよるまい。


「ところで、彼女とはどこで? 彼女に何があったのかご存じですか?」


「さあ……森の中で急に爆発音がして、音のした方向に歩いて行ったら、彼女が倒れていたので。……結局、何が起こったのかは……」


「……そうですか。うーん……」


 トーチカは何か思い当たる節でもあるのか、思考中の探偵のように手を顎の下にあて、唸った。それ以降、トーチカは黙って俯いたまま何も話さなくなってしまったので、今度は俺の方から問いかけを投げる。


「その……オスロー……さん? という人は、"十二剣聖"とかいう奴の一人なんでたっけ?」


「……あなた、やはりエントリアの人間ではないのですね。まあ、薄々気がついてはいましたが」


「はい?」


「エントリアに暮らす人間であれば、"十二剣聖"の名を、オスロー・スカイベルの名と顔を、よもや知らない筈がありませんから」


「有名なので?」


「当然です。有名という次元ではありません。この国の象徴と言ってもいいかもしれない。この国を動かしているのは、実質彼女たちといっても過言ではありません」


 トーチカは何やら誇らしげにそういった。俺は昨日ミーンが言った言葉を、断片的に思い返していた。国の象徴、代表者──エントリアが起こした戦争の指導者、俺にとっての敵……。


「あなたはどこからやってきたのですか? なぜ森の中を歩いていたのです」


 トーチカは俺にそう尋ねた。俺は目だけを彼女に向けて、


「……俺はレイビスという場所から来たんだ。森を歩いていた理由は……色々とあったんでな」


「レイビス!」トーチカは一瞬だけ目を見開いて驚いた。「あなた、あそこから……そうですか……」


 何を想像したのか、何を理解したのかは分からないが──トーチカはわずかに表情を曇らせて俺の方を眺めた。そして、あー、とか、うー、とかの呻き声のような言葉の後で、


「……まあ、怪我が治るまであなたも安静にしていることです」


と言い残して、そそくさと部屋を出て行った。去り際のばつの悪そうな顔は、俺の記憶の中に妙に印象的に残った。

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