第6話 半死人の矜持

「……殺す? この子を? 俺が?」


「その通りだ、その通り! ……こいつもまた、アメリアと同じく"十二剣聖"の一人。聖剣の力を行使できる、選ばれた人間の一人。つまりは……意識が戻ってしまえば、とてつもなく厄介な存在だ。今のお前では、俺の力を貸してやったとしても歯が立たんだろう。しかし、今なら状況が違う。目を覚ます前に胸を一突き! それなら今のお前でも、手軽に"十二剣聖"を手に掛けることができる。最高のチャンスだ! さあ、一思いにやってしまえ!」


「……」


 俺は彼女の体を静かに地面に横たえて、一歩距離を取った。余りにも無防備な彼女の体。成程確かに、俺がこの剣を振り下ろせば、何の支障もなく彼女の命を奪うことができるだろう。悪魔の言うことを信じるのであれば、俺は憎むべき敵を討ち滅ぼすことになるのだろう。しかし……。


「何を躊躇しているんだい?」


 ミーンの淡泊な物言いが、むしろ俺の不安感を掻き立てる。


「君は復讐に生きるんだ……さっき決意したばかりじゃないか。この女は君の故郷、レイビスをボロボロにした原因を作った女だ。躊躇うことはない。これは正当な復讐だよ」


 確かに、そうなのかもしれない。そういう考え方もあるのかもしれない。しかし──俺はミーンに聞き返す。


「何故……復讐をしなければならないんだ?」


「何故だって?」ミーンは心底意外そうな声を上げる。「深く考えるようなことではないだろう。ただただ、スッキリするためさ。悪い奴に反撃して、晴れやかな気分になりたいと思わないのか?」


「まあ……そうだろうな。スッキリするためだ。それ以上の理由付けは必要ない」俺は天を見上げて、雲の切れ間に朧気に輝く星を見た。「であれば、今ここで彼女を殺すのはナシだ。……とてもじゃないが、気分がスッキリするとは思えないからな」


「そうかそうか、そういう考えか。ククク……」


 突然、刀の放っている雰囲気が変わったように思えた。冷たく、不気味で、息が詰まるような感覚。


「君は自分の立場を考え直してみたほうがいい。君は今、俺様の力によって生かされているんだ。お前の命なんて、俺様の気分一つなんだ。分かるだろう? 俺様は主様の願いのために、お前にこの女を殺してほしいと願っている。お前の心が晴れるかなんて、知ったことじゃない。……願いを叶えてくれないのであれば、君がそこまで恩知らずで恥知らずだというのなら、こちらとしても色々と対応を考える必要があるね」


「……なんだ。俺を脅しているのか?」


「脅してなんていないさ。しかし、せっかく拾った命を、下らんプライドでみすみす捨てるというのは、愚かな選択ではないかなと諭しているだけだよ。こんなところで意地を張って命を失っても、死んでいった君の家族や友人が悲しむのではないかね? よく考えることさ」


 成程、悪魔と自称するだけはある。よくもまあペラペラと舌が回る。しかし俺の心は、自分でも不思議に思えるくらい、揺るがなかった。


「俺は、俺から全てを奪った連中を許さない。憎い。復讐したい。その思いは今だって、別に変わらないさ」


「そうだろう、そうだろう? だったら……」


「しかしだ。復讐にもやり方ってものがあると思わないか? 少なくとも俺は、寝ている初対面の女の子に剣を突き立てるのが、いいやり方だとは思わない。……連中への復讐は俺にとっても本望だ。だがしかし、俺の好きなように、納得する形でやらせてもらう。それは譲らんぞ」


「"駒"風情が生意気なことを! 下らないね下らないね! ただの人間ごときが……俺様の指示に黙って従っていればいいんだ!」


「気に食わないなら殺せばいい! どうせ運よく拾った命だ。どうとでもすればいいさ!」


 暗い森の中に、一人と一本の声の応酬が響き渡る。奴も態度を変えないが、俺も一歩も譲らなかった。刀身は寒さに震える小動物のようにぶるぶると小刻みに震え、俺の方も感情が高ぶって、剣を握りしめた拳がギリギリと震えた。一しきり絶叫した後は、互いに沈黙を保った。俺は悪魔を怒らせた。"駒"として不適格な意見を述べた。


 今すぐにでも悪魔に力を奪われて、彼女の横で死体へと変わってしまうかもしれない。……しかし、俺には後悔も恐怖心もなかった。言いたいことをいって、むしろスッキリした気分だった。もはや俺の知ったことではない。後は野となれ山となれ……。


「……う……誰……?」


 突然、女の子の声。俺はどきりとして声の方向に視線を向ける──俺が悪魔と言い争いをしている間に彼女は目を覚まし、赤みを帯びた宝石のような眼で、俺の顔をじっと見つめていたのである。

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