第5話 炎の痕跡

 暗い森の中に足を踏み入れてから、ほんの数分後の出来事である。


 それは突然だった──視界が急に真昼のように明るくなったかと思えば、鼓膜をつんざくような爆発音。それに続いて、肌を焼くような猛烈な熱風。


「……っ! なんだ?」


 俺は本能的に剣を抜いて、地面へと突き刺した。ミーンが小さくギャッという悲鳴を上げたようにも見えたが、気にしている余裕はない。闇の中から押し寄せてくる鋭利な枝や硬い石が、俺の体にしたたかに打ち付ける。ほんの一瞬の出来事ではあったが、俺の全身は再び傷だらけになった。元々ボロボロだった服がさらに引き裂かれ、上半身は殆ど半裸の状態である。


「爆発? こんな森の中で?」


 俺の心にピリリとした緊張感が走った。何しろつい数時間前、俺は銃弾と爆撃の雨霰で街が一つ消滅するところを見てきたのだ。爆発の恐ろしさは、既にこの身を持って経験済みである。


 全てを薙ぎ払う勢いの風もすぐに収まって、俺は地面に突き刺した剣を引き抜いた。するとミーンは意外にも愉快そうな声を上げる。


「さっきの爆発はなんだ? 森の奥からだな。どうだい、ちょっと見に行ってみようじゃないか」


 興味がないかと言えば嘘になるが、乗り気であるかと言えばこれも嘘だった。しかしミーンは刀身を震わせながら、頑なに様子を見に行くことを要求した──俺は仕方なく、爆音が響いてきた方向へととぼとぼと歩き出した。爆発が舞い上げた枝や岩石のせいで、暗くて歩きにくい森の中の道は一層の悪路と化していた。けれども、俺の足取りが悪いのはそれだけが理由ではなかった。この先で何が起こったのか……俺は少なくとも、何か俺を喜ばせる愉快なものがこの先に待ち受けているようには到底思えなかった。


 数分ほど歩いて、円形に開けた場所に出る。否、元々開けた場所であったかのように、木や地面が抉られたとみるのが正しい。黒く円形に焦げた地面や、輪を描くように倒れている幹から察するに、何かこの場所で、爆発物のようなものが火を噴いたのは明らかだった。


 そして──その森の中の爆心地の中央に、一人の少女が倒れていた。


「……!」


 俺は言葉を失って、すぐさま彼女の傍に駆け寄る。横を向いて倒れている彼女の顔は、まるでベッドで寝ている女の子をその場に呼び寄せたかの如く、傷も無ければ汚れすらない。意識を失っているようだ、呼吸ははっきりとしている。まだ仄かに暖かく、ところどころ白煙を上げている地面の光景と、安らかに眠っているような彼女の様子が、余りにも不自然で、矛盾していた。


「……いや、何があったんだ? 一体……」


 ここで何が起こったのかは皆目見当もつかないが、少なくともこの少女が関与していることは間違いはないだろう──俺は恐る恐る彼女の体を揺すって、助け起こそうと試みた。すると突然、腰に下がっている黒い剣が、不気味な笑い声を上げたのである。


「おやあ? おやおや、これはこれは……誰かと思えば……ククク……」


「……知っているのか?」驚いてミーンに尋ねるが、俺の言葉を無視してぶつぶつと呟き続ける。


「何故こんなところに? 奴がこんなところにいるはずが……しかし、これは思わぬ僥倖。意識も失っているとはなんという好都合!」


「なんだっていうんだ? 何の話なんだ?」


「気になりますか? 気になるでしょうねえ……」ミーンは笑いを堪えるような声で言う。「私にも正直、ここで何が起こったのかは分かりかねますが……しかし! こいつの顔はよーく知っていますよ。なんという偶然! その女は、お前がこれから倒すべき連中の一角だ」


「……なんだって?」


「つまりは……そいつはエントリアの支配者、"十二聖剣"の一人っていうことさ」


 俺はミーンが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。エントリアで絶大な権力を持つ組織の一員が──俺が復讐を誓った敵ともいうべき人間が、偶然訪れた森の中で意識を失っている? 何故そんな偉い奴が、たった一人でこんな暗い夜の森の中を? 何故俺の復讐の矛先が、こうも都合よく倒れているのだ? ……俄かには信じられないことだ。俺は夢でも見ているのか、虫のいい幻覚でも見ているのか。しかし彼女の肩から手のひらに伝わってくる温かみが、この状況が現実であるということを雄弁に語っていた。


 俺はしばらくの間、彼女の肩を抱き起こした状態で、硬直していた。余りにも急に、様々な情報が頭の中に流れ込んできたために、俺の思考回路はフリーズ寸前だった。彼女の安らかな顔を見ながら、凍り付いている──その奇妙な沈黙に耐えかねたか、ミーンは荒っぽい口調で俺に檄を飛ばす。


「何を迷っている? お前が取るべき行動は一つだ。こいつが目を覚ます前に、心臓を一突きにして殺してしまえ! 周囲に人間の気配はない。今のうちに始末してしまうんだ!」


「なんだって!?」


 全身から冷や汗が噴き出す。心臓が激しく脈打ち、彼女を支えている腕がわなわなと震えだす。……何を言っているんだ、この悪魔は。意識を失っている女の子を、無抵抗の彼女を殺せだって? 恐ろしいことを……。


 しかしミーンは、自分はさも当然のことを言っているという調子で、さらに言葉を続けるのだった。


「"十二剣聖"を抹殺する。それがお前にとっての復讐だ。さあ、その女を殺すんだ。お前の復讐劇の、記念すべき第一歩としてな。ククク……」

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