第4話 暗夜行路

 夜の帳は降りきって、辺りは何も見えないほど真っ暗だった。


 俺は暗闇の中を、行く当てもなく歩いていた。旅のお供とばかりに、呪われた剣を腰に帯びて。焼け残った布切れで腰のベルトに結び付けた剣は、歩くたびにカチャカチャという軽やかな音を響かせた。足元は暗くて覚束ないが、焼け跡から運よく持ち出してきた簡易電燈を頼りに、ろくに整備もされていない荒れ道をとぼとぼと歩き続けた。


「……それで、その"十二剣聖"って奴らは、どこにいるんだ?」


 俺はぼんやりと問いを投げる。ミーンは腰元で上機嫌な声を上げる。


「当然、普段はエントリアにいる。エントリアの中心部だ。お前さんは今からエントリアへと赴いて、奴らの居場所を探す必要がある。この先ずっと歩いていくと、エントリアの国境に辿り着く」


「……おい、エントリアへの入国許可証なんて持っていないぞ」


 俺はレイビスから外へと出たことがなかった。エントリアへの入国は長い手続きと入国許可証という紙切れが必要だった。俺はそんなものを持っていない──まあ、仮に持っていたとしても、先の破壊活動で失われていただろうが。


「そこは……臨機応変になんとかしろ。万が一の時は俺の力を貸してやってもいい」


「お前の力を?」


「そうだ。俺の力を借りれば、お前も一端の戦士になれる。……どうせ、剣など振るったことはあるまい?」


「それは、まあ……」ミーンの言う通り、俺は剣の手ほどきなど受けたことがない。それどころか、同年代の集いの中でも、運動神経の悪いほうだった。


「俺の力を使えば、少なくともエントリアの兵士どもには後れを取るまい。……その力を使って、国境警備の連中を強引に突破すればいい」


「……いきなり強行案過ぎないか? 忍び込むにしても、もうちょっといい方法が……」


 俺があまり乗り気でないことを悟ったか、ミーンは急に声色を低くして、


「これから国のお偉いさまを皆殺しにしようっていう人間が、そんなことを恐れていてどうするんだ? それくらい、なんてことはないだろう」


「しかしだな……」


 俺は今まで、特段褒められた生き方をしてきたとは思わない。世間的な道理に反してしまうことも幾度かはあった。しかし堂々と、言い逃れようのない悪を働くというのは、流石に気が引けてくる。復讐に走る、と口では言ってみたものの、心のどこかでまだ良心の呵責が引っ掛かりになっていた。


 俺の胸中を知ってか知らずか、ミーンは煽るような口調で俺に言う。


「フン、こんなことに怖気ついているようでは、"駒"失格だな。主様もさぞ失望するだろう」


「そういえば聞いていなかったが……」俺は話を逸らして尋ね返す。「お前の主様とやらは、一体どういう奴なんだ? 何故俺に、その"十二剣聖"とやらを差し向けようと企んでいる」


「主様は……お優しいお方だ。優しすぎる位だ。心優しい主様は、アメリアによって多くの人民が苦しんでいることに耐えかねて、常日頃から彼女を排除しようと様々な策を巡らせている。お前は偶然、あの方の計画に一枚噛むことになったのさ。……"駒"はいくら手に入れても余ることはない。何しろ、相手はあのアメリアだからな……」


「俺はそのアメリアという人を知らないが……そんなに厄介な奴なのか」


「もちろん。非常に厄介だ。手が付けられないくらいに……」


 ミーンの声に明らかな苛立ちの色が混じる。


「十二剣聖──聖剣に選ばれた十二人の強者たち、と俺は言ったな? 奴らがそれぞれ持っている聖剣は、ただの高級そうな剣じゃない。聖剣に認められた人間は、それぞれ剣から特別な力を与えられる。特にアメリアは、聖剣の扱いに非常に優れている。奴の実力は、十二人の中でも頭抜けたものだ。真正面から戦っても、まともな人間ではとても相手にならないだろう。だからこそ、我が主様も手を焼いているのだ」


「しかし、そんなとんでもない強者なら、もし仮に俺がそいつのところへたどり着いたとしても……どうしようもなくないか?」


「その質問は正しい」ミーンは再びクククと嫌な笑い方をした。「もし今この場所で奴と鉢合わせたとしたら、ものの数秒で細切れにされるだけだろう。全くの無駄死にだ。とにかく、奴は戦闘力だけは凄まじいからな」


「じゃあ、俺は一体……」俺の声を遮るように、ミーンはどかどかとしゃべり続ける。


「お前が奴と戦うためには……主様の"駒"として有用になるには、とにかく成長が必要だ。そのためにお前が何を成せばいいのかは、その内主様の方から指示があるだろう。そのためには俺も協力しよう。しかし……だ」


「なんだ?」


「俺は丸っきり見込みのないものに力を貸してやる趣味はない。……エントリアの国境に着いたら、兵士たちの守りを突破して無理やり国に押し通れ。その時の振る舞いで、お前の素質を判定してやろう」


「もし素質がないと分かったら?」俺はごくりと喉を鳴らした。


「貸していた力を全て回収して撤退する。お前が今歩き回れるのは、俺の力に支えられているからだ。俺が引き上げれば、どうなるかは想像にお任せしよう。……さて、国境近くの森に入るぞ。これを抜ければ、最寄りの入国審査場がある。まあ、精々覚悟しておくんだな」


 ミーンの言う通り、道の先には森が見えていた。森の入り口は薄暗く、電燈で照らしても視界は良好とは言い難い。ただでさえ歩きにくい道のりであるのに、この森の果てにもっと厄介な事柄が待ち受けているのだと思うと、俺の足は枷を掛けられた囚人のように重かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る