第3話 悪魔の提案
「"十二剣聖"って聞いたことがあるかい?」
しばしの沈黙の後、ミーンは唐突に話題を切り出した。聞いたことのない単語だった。
「……分からない」
「そうか、知らないか。お前たちの街を踏みにじった奴らのことを」
手の中の刀は興奮でもしているのか、刀身を小さく震わせながら滔々と語りだした。
「今戦争をしている二つの国──エントリアとリーベルン。戦争を先に吹っ掛けたのはエントリア。そして、その決定を下したのがエントリアを実質的に支配している組織、"十二剣聖"の連中だ。組織のトップであるアメリアという女は、政府と軍隊を独裁的に動かして、この悲惨な戦争を扇動しているというわけだ」
「あの戦争を……。何者なんだ、その"十二剣聖"とかいう奴は」俺の拳に、無意識のうちに力が籠る。
「アメリアは……"十二剣聖"の連中は、聖剣によって選ばれた特別な人間たち。聖剣の力を行使し、常人離れした身体能力と超常的な力を持った連中。奴らはその絶大な力を背景に、エントリアの中で権力を握っている。……いや、違うな。エントリアとは元々、"十二剣聖"の奴らを中心として作られた国家なのさ」
「……俺にそれを聞かせてどうするんだ。俺に何をさせたいんだ」
俺が問いかけると、ミーンは再び意地の悪い声を上げる。「まあまあ、慌てるな。具体的な話をする前に、俺はお前に聞いてみたいことがある。もし戦争の原因がアメリアに……"十二剣聖"にあるのだとしたら、お前は連中を恨むか? 憎らしいか? 復讐してやりたいと思うか?」
「……」
俺の頭の中に、様々な人の顔が浮かんでは消えていく。それは両親であったり、親しい隣人であったり、馬鹿笑いしている友人であったりした。それらの顔を──もう二度と拝むことのできない顔のことを思うと、ドロドロとした感情が胸の奥から湧き上がってくる。怒り。悲しみ。絶望感……。
「俺は……」俺は曇り切った空を見上げた。「……俺はどうしたらいい?」
「煮え切らないやつだ」ミーンは不満そうに声を荒げる。「連中は最低のクズだ。勝手な都合で戦いを引き起こして、関係のない人間を戦火に巻き込んでいる。生かしておくべきじゃないと思わないか? そうともさ! 生かしておくべきじゃない。……主様は、それを望んでいる」
「どういう意味だ?」
「単純な話だ。主様は、お前に、"十二剣聖"の連中をこの世から抹殺するための剣となって欲しいとお望みなのだ。お前自身の手で、お前の日常を滅茶滅茶にした連中を消してやれと、そうご提案なさっておられるのだ」
薄々想像は付いていたが、実際にミーンから語られてみると、俺の全身はびくりと震えた。この悪魔は、あるいはこの悪魔を俺に宿らせた人物は、俺に復讐者となれと主張しているのだ。エントリアの権力を握っているという"十二剣聖"とやらを抹殺せよ──あまりにも唐突で、受け止めるには重すぎる提案だった。
普段の俺であれば、──こんな悪魔の誘いに安易に乗ったりはしなかっただろう。しかし俺は、疲れていた。何もかもを失い、心も体もボロボロだった。
「……乗ってやるよ、その話」
俺は自暴自棄になって、そう答えた。答えてしまった。
「ククク、そうこなくては!」
ミーンはいよいよ歓喜の声を上げ、黒色の鞘は打つひしがれるようにぶるぶると不気味に震えた。
「言質を取った! もう後悔はできないぞ。お前は主様の"駒"として剣を振るうのだ。"十二剣聖"の馬鹿どもを打ち滅ぼすまで、馬車馬のように働いてもらうぞ! ククク……」
俺は無意識のうちに、剣の柄に手をかけて、ゆっくりと抜刀した。銀色に光る刀身が黒い鞘の中から顔を出す。夜の影の中、鈍い金属光沢が不気味に映る。俺は剣を上段に振りかぶって、虚空に向かって力任せに振り下ろした。
どうとでもなればいいさ……俺はもう、何もかもがどうでもよい気分だった。
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