第55話 スタート直前

「よっし、がんばろ」


 番組でもプレイヤーがダンジョンを攻略していく様子を映されるので、無様な姿は見せないようにしないと。小声で口に出し、気合を入れ直す。


 他にも99人の参加者が居るので、配信で映し出される画面も次々に切り替わっていくだろうから、私が画面に映る機会も少ないだろう。おそらく、予選を上位で突破したような熟練プレイヤーに注目が集まるだろうから。そこはちょっと気軽に考えてみて、今回のイベントに挑んで良いだろうと思っている。


 とにかく初のイベント参加だけど、緊張しすぎると実力を発揮できないだろうから気負わずに行こう。ギリギリを攻めすぎて脱落しないように、20層のボスを倒して完走する事を第一の目標にしようかな。


『スタートまで残り10分となります、改めてルールの説明をお聞き下さい』


 待機場所に運営のアナウンスする声が聞こえてくる。待機していたプレイヤーが、一斉に声の聞こえた方へと視線を向ける。私も同じ方に向いて、話を聞くのに集中をする。事前にルールについては何度も読み込んだから完璧だと思うけれど、一応念の為に最終確認として説明を聞いておこう。


 武器と防具は初期装備、回復アイテムは1個だけ支給された物だけを持ち込める。レベルは1からスタートして、スキルも最低限しか使えない。


 ダンジョン内で他のプレイヤーとは遭遇しないし、10層ずつにボスモンスターが必ず出現する。内部のマップはランダム生成でされるので、プレイヤーによる運要素もある。ノーマルな設定で、ダンジョンRTAは100名が同時にスタートする。


 目的は一つだけ、より短い時間で20層に到達をしてボスモンスターを倒すこと。ダンジョンをクリアするまでの時間を競い合う。モンスターを何体を倒したかとか、どんなレアアイテムを集めたのか、という数は関係ない。今回のランキングは、どれだけ早く最下層に到着できたのかクリアタイムによって決まる。


 ダンジョン入口には、これからイベント本戦に挑戦する100名のプレイヤーと、それを応援しに来た多数の観客プレイヤー達が待機していた。


「頑張れーッ!」

「落ち着いていけよ!」

「応援してます、頑張って!」


 そんな応援の中には、私や公認プレイヤーである他の皆の事を応援してくれている人達も居た。


「フォルトゥナちゃん! やってやれ!」

「公認プレイヤーの皆も、実力を見せてやってくれ」

「この日をずっと楽しみにしてた! 頑張れよ、フォルトゥナちゃん!」

「レッド、目指せよランク1位!」


 男性多数に、女性の応援する声もチラホラと聞こえてくる。声援を受けたレッド達は手を振り返っていた。彼らに見習って私も応えよう。


「ありがとう! 頑張ります!」


 応援してくれる人たちに向けて、手を振って感謝を伝える。すると、おぉー! と気持ちのいい反応を返してくれる観客のプレイヤー達。


「人気者だなぁ、フォルトゥナ様」

「そういうお前も結構な声援だぞ、レッド」


 レッドとヴェルの2人が、私の近くに近寄ってきた。どちらも初期装備を身に着けお揃いの格好をしていた。そういう私も、初期の魔法使い装備のローブを身に付けている。


 ここに居る100名の参加者プレイヤーがルールで、スタート時は初期装備という騎士の鎧装備、剣士の革装備、魔法使いのローブ装備と、種類が少なくて同じような格好をしていた。剣とか杖という武器の違いも有るけれど似通った姿が集まっている非常に珍しい景色だった。


「予選3位突破の実力、皆に見せてあげて下さいね。レッドさん!」

「もちろん、俺が目指す順位は1位だ」


 予選3位で突破したレッドは観客からの期待も高く、プレッシャーも凄いだろう。そこで更に私が、冗談半分で彼に重圧を与えてみたけれど、レッドはプレッシャーに打ち勝って更にやる気を高めている。流石だな。


 周りで待機しているプレイヤー達にも聞こえていたのだろう、ギロッと視線を向けられるレッド。そんな状況の中でも1位を目指すと口に出して言い切ってしまうし、プレッシャーに強くて素直に凄いと思う。


 レッドさんには、是非とも一位で入賞してもらいたいと心の底から応援していた。人のことを応援するよりも先に、自分が上位にランクイン出来るように頑張らないといけないな。


「フォルトゥナ様。私達は20位から上にランクイン出来るように頑張ろう」

「うん。頑張ろうね、エリノル」


 私とエリノルが目指すのは、20位よりも上だった。


 ただ20位から上を目指すとは言ってみるものの、ここに集まっている100人のプレイヤーは凄い実力の持ち主ばかりが集まっているだろう。本番では、どんな結果になるのか予想もできないし、正直に言って目標達成はかなり難しいんじゃないかと思っている。


 予選を突破した後にも皆、今日のイベントに向けて必死に練習してきただろうし。今日の結果は、予選の結果で到達した25位よりも上に行けるかどうか、あまり自信は無かった。けれど、公認プレイヤーとして上を目指す努力はするつもり。


 そんな感じでお互いに激励し合って皆と別れた後、再び一人になった。イベントがスタートするまであと数分になった時、もう一人誰かが近付いてきた。


「フォルトゥナ……さん!」

「ん? こんにちは、ソフィアさん」


 声を掛けてきたのは勝負する約束をしているソフィアだった。彼女からイベントがスタートする直前、強張ったような表情で呼び掛けられた。


「あの、えっと……」


 いつもとは少し違う雰囲気。彼女もイベントスタート前で緊張しているのだろう。言葉が上手く出てこないようだ。だから、私の方から優しく声を掛ける。時間もないので手短に。


「頑張ろうね」

「……ハイッ!」


 今までとは違って、素直に返事をしてくれたソフィア。彼女は予選を突破してから今日のイベントが開催される日に向けて、毎日熱心に練習していたらしいという話をレオナルドから聞いている。彼女は本気で勝ちに来ているようだ。どちらが、上位にランクインするのか今回の結果で勝負をする。


 ソフィアが今回のダンジョンRTAで結果を出して、ランキング上位に行けるように願う。そして、私は彼女よりも早いクリアタイムを叩き出して、ランキング上位に入賞して勝ってやる。密かに心の中で、そんな目標を定める。


『お待たせしました参加者プレイヤーの皆様! それでは準備が完了している方からダンジョンに入場していって下さい。ダンジョンに踏み入った瞬間から測定が始まります』


 そして、ダンジョンRTAの本戦が始まった。

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