第14話 リフゼロの現状

 現れた二人の男はゲームのプロデューサーに、ディレクター?


 突然の名乗りに理解が追いつかない。だって、彼ら二人の姿は普通のプレイヤーにしか見えなかったから。


 伊田と名乗った男性は、顔だけ露出した騎士が装備するような重厚な鎧を装備している。その横に立っている中宮と紹介された男性は、私と同じような男用の魔法使いローブを着て、杖を手に持っている。


 彼ら二人は、ごくごく一般的なプレイヤーにしか見えない。


 疑いの視線を感じたのだろうか、彼らは懐から何かを取り出して、私達の目の前に差し出した。


「これで信じてもらえるか分かりませんが、名刺です」

「え? 本物?」


 男から差し出された何かをレッドが受け取って、確認する。その後にレッドだけでなく、私達も同じように手渡された。


 受け取ったソレを見てみると、所属と名前が書かれた長方形の小さな紙。確かに、会社で受け取ったり交換したりする現実世界で目にする名刺そのものだった。


 しかし、ここは仮想世界。リフゼロというゲーム内に、そんなアイテムは存在していなかった筈。見たことも聞いたこともない、新アイテムだった。


「今回のために特別に、本物をスキャンしてゲーム内のアイテムとして扱えるように反映させたんですよ」

「それはつまり、仕事で普段使っているモノと同じということですか」


 レッドは受け取った名刺というアイテムを右手の人差し指と親指でつまんで、表にしたり、裏にしたり注意深く確認しながら話を掘り下げて、追求していく。レッドの質問を真摯に答えてくれる伊田さん。


「えぇ。その通り、本物をそのままゲーム内に取り込みました。うちの開発チームは優秀ですから、こういうのを頼んだらすぐに反映してくれるんですよ」

「へー、そうなんですね」


 今回の為に、わざわざゲーム内にアイテムのデータを作ったらしい。そんな無駄な事にと思ってしまう。でも私は、そういう無駄だと思われるような所に力を注ぐ開発チームのスタッフに好印象を抱いた。


「うわっ。このアイテム、破壊不可能属性が付与されてるよ」

「えぇ、そうなんです。ソレを上手いこと使いこなせば、モンスターの攻撃を無効化出来ますよ。とてつもなく難しいですけど」


 武器やアイテムの扱いに長けているヴェルが、破壊不可能属性という項目に気付いて声を上げる。彼が驚くなんて、それ程の代物なのだろう。


 確か破壊不可属性というのは、めちゃくちゃレアな属性らしくて武器や防具に付与するのに苦労していると彼が熱心に語っていたのを思い出した。


 そして、この名刺は盾にできるのか。盾にするのには小さすぎて構えにくいから、モンスターの攻撃を防ぐのは確かに難しそうだ。ネタとしては使えそうだけど。


「信じてもらえましたか」

「えぇ、まぁ」


 どうやら彼らは、本物のリフゼロ運営のようだった。というか、こんな手の込んだ事をしておいて一体、私達に何の用事があるというのだろうか。とても気になった。


 もしかして昨日と今日の広場での出来事に関してだろうか。それなら全面的に悪いのは私だ。言われる前に謝ろうと思って、頭を下げようとした直前に伊田さんが話を始めた。


「実は、皆さんにご相談させていただきたい事があって来ました」

「相談? それって一体何ですか」


 ちょっと長い話になるということで、皆が冒険酒場のテーブルに腰を下ろして話を聞けるようにした。


「皆さんも既にご承知のこととは存じますが、リフゼロの現状。芳しいとは言えない状況なんですよ」


 そう言って、伊田さんは「リミット・ファンタジー・ゼロ」について語り始めた。


 正式サービスを開始した直後は非常に好調だった事。他のVR系ゲームに比べて、世界観がしっかりしているし、ゲームシステムも作り込まれていると各所で評価されていた。


 一ヶ月でアクティブユーザー数は50万人を突破。同時接続数も5万人を超える程の快進撃だった。だがしかし、そこがリフゼロのピークになってしまった。


 二ヶ月経った今、早くもユーザー数、同時接続数が共に減少傾向であるという事。このまま手を施さなければ、数カ月後にはサービス終了の危機まである。


「確かに、プレイヤーの数が減ってきているのは、プレイしていると肌で感じます。ネット上でも噂になってますよ」

「本当ならこうなる前に、手を打つべきでした。一応、一ヶ月が過ぎた時点で大きなイベントを用意していたんですが……」


 レッドの素直な感想に、伊田さんが悲痛な表情を浮かべて話を続ける。伊田さんが語るイベントとは、秘宝のダンジョン実装だったという。


「なぜ、そのアップデートを実施しなかったんですか?」

「あー、えっと……。正直に話すと、開発チームが揉めてしまったのです」


 ブルーの純粋な疑問。その答えは物騒だった。


「無理な仕様変更があったとか、致命的なバグを発見したとか、予定していた納期に間に合わなかった訳じゃないんです」


 実は、データに関して言えば既に秘宝のダンジョンの一つ目は、予定通りに完成していたという。


「先程の名刺で理解したと思いますが、開発チームは優秀で仕事に問題はありませんでした」


 問題は無かったけれど、完成した作品の出来に彼らは納得できなかった。そして、クオリティアップを目指していくうちに、どんどんと開発チームが暴走していったという。


 リアルっぽさを求める、面白さを求める、とにかくゲームに難しさを求める。その3つぐらいの派閥が生まれて意見が別れ、開発チームが揉めて。完成しているのに、実装が当初の予定よりも大きく遅れていった。


 なんとか開発チームの暴走を止めて、皆の意見を調整しながらアップデートの準備を整えたが時すでに遅し。伊田さんが予想していたよりも早い段階で、プレイヤーが離れていってしまった。というか、そんな内部事情を私達なんかが聞いても良かったのだろうか。


「ということで、今の状況になってしまいました」

「うーん、なるほど」


 まさか、そんな事態になっているとは知らなかった。ゲームを楽しむプレイヤーには分からない事情だし、一旦離れていたプレイヤーを再びリフゼロに呼び戻さないといけない。でもそれは、なかなか難しそうだった。


「その為に何か大きなインパクトのある話題を作って、それで離れていったユーザーを呼び戻し、あわよくば新規参入者も増やしたいと考えています」


 インパクトのある話題とはなにか。どんな事を考えているのか、見当もつかない。いや、薄々予感はしていた。プロデューサーの伊田さんが何を言おうとしているのか。わざわざ、私達に会いに来てリフゼロの現状を説明した理由。それは。


「そこで、皆さんのお力を借りたいんです」


 伊田さんは席から立ち上がり、皆に向かって頭を下げてお願いしてきた。

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