第5話 VRデバイス

「おはよう、シホちゃん。ご飯できてるわよ」

「おはよう、ママ」


 朝、目を覚ましてベッドから起き上がる。寝起きが良い私は、パチっと意識を覚醒させると、さっさと支度を終えて自室からダイニングルームに降りていく。いつもと同じように、母親が朝食の用意をして待ってくれていた。


 父親が仕事に行き、弟も学校へ行った後。少し時間を置いてから母親と一緒に食事をするのが、私のいつもの日常だった。


「いただきます」

「召し上がれ」


 テーブルを挟んで向かい合う形の席順で座って、手を合わせてから食事を始める。食事中、母親の方がお喋りが好きで私はあまり喋る事が得意ではない。


 ふんふん、なるほどと私は聞き手に回る。そんな会話の中で出てきた話題。


「今日、お昼頃に工事の人が来るから、午後はうるさくなるかもしれないの。ごめんなさいね」

「工事?」


「そう。お父さんが仕事で使うモノで家に置くのに工事が必要なんだって」

「へー、そうなんだ」


 ちょっと考えてから、それじゃあ今日は家じゃなくて外に出て勉強しようと予定を組み替える。


「それじゃあ、今日は図書館に行ってくる」

「わかった、工事が終わった頃に連絡するわ。何か有ったら連絡してちょうだいね」


「うん」


 心配性な母親から、事あるごとに言われるいつものセリフを耳にしながら、食事を終えた。


「ごちそうさま。じゃあ、行ってくるね」

「もう行くの? 気を付けてね」


「うん、分かった。行ってきます」


 学校に行かなくなってからも、自主的に勉強は続けている。


 今の所、私が通っていた高校では休学中という扱いらしい。イジメの件が明らかになって、両親が色々と話し合いをしたり、手続きをしている途中らしくて詳しい事は教えてもらっていない。


 聞いたら教えてくれるのかもしれないけれど、向こうから教えてくれるまでは大人しく待っておこう、という状況だった。おそらくは今の学校は辞めて他の高校に入学し直すことになるだろう。もしくは、通信制の高校という選択肢もあるかもしれない。


 とにかく今は勉強を続けておいても無駄はないだろうから。一人で黙々と勉強している日々が続いてる。今日は図書館に行こう。



***



「あれ、パパ?」

「おかえり、シホ」


 夕方になって、母親から工事が終わったという連絡を受けたので勉強を終えて家に戻ってきてみると、珍しく平日の早い時間に父親が居て驚きの声を上げてしまった。


「ただいま。どうしたの、こんな早い時間に」

「今日は家で工事があってな」


 あぁ、それでかと私は納得した。ただ、父親が満面の笑みを浮かべているのが少し気になったが。


「工事の話は、ママから聞いてるよ」

「そうか、何の工事かも聞いたか?」


「仕事関係だって、聞いたのはそれぐらいかな」


 私がそう言うと、父親が何やら意味ありげな含み笑いをした。


「おっ。じゃあ、ちょっとコッチの部屋に来て見てみろ。驚くぞ」

「え? なになに」


 コッチだと手招きをされて、父親の部屋に来てみる。すると、部屋の半分ぐらいを埋める大きさの巨大な装置が部屋の中に設置されていた。私は、その装置に見覚えがあった。


「あれ……。もしかして、これって」

「VRコンテンツを楽しめるデバイスだ」


 やっぱりなと、置かれていた装置の正体を知った。私は、家にVRデバイスがあるという状況にテンションが上がっていた。


「ホントに? でもなんで。かなり高かったんじゃないの?」

「心配するな。仕事で使うから、っていう一応の大義名分があるからな」


 どうやらVR関係を仕事で扱うらしくて、そのために事前に実際に触って調べて、知っておこうという理由で購入したらしい。


 あ、でも。ということは、私が触るのは不味そうかも。ちょっとガッカリとしそうになった瞬間、すかさず父親はこう言ってくれた。


「自腹で購入したモノだから。パパが仕事をして家に居ない時とか、使っていない間ならシホが自由に使っていいぞ。その時の使用感とか教えてくれると助かる」

「え? いいの?」


「もちろん! パパも後でVRのゲームをやろうと思ってるからな。色々と調べて、教えてくれるとありがたい」

「うん、わかった。ありがとう、パパ」


 そんなこんなでVRデバイスとゲームプレイ用の専用回線も契約されていて、環境も知らぬ間に整えられていた。父親から許可をもらって、プレイしたいと思っていたリミット・ファンタジー・ゼロを期せずしてプレイできるようになったのだった。

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