第19話 それは万物の頂点なる(対決)

 先手必勝。まずはオレの遠距離攻撃の最大火力で攻める。


 出来るなら、ドラゴンの腹の下にでも入り込めればいうことはないんだけど、それはあまりに危険すぎる。仕方ないので、正面から少しずれたところから、ドラゴンの体の中心を狙う。


 オレは地面に降り立ち、ポーチからひと抱えもある大きな筒を取り出す。それは秘密道具のその七。


 魔火砲『無限射程の魔槍グングニル


 簡単にいえば超強力なバズーカ砲のようなものである。

 秒速約二千メートルを超える弾速で飛来するミスリル徹甲弾を完全に防ぐことは、いかにドラゴンでも不可能なはずだ。


 ただし使い切りで、今はこれ一つしか用意出来なかった。


 的がデカいぶん、外すことは無いだろうが、これで仕留められなければ、ドラゴンが全力で攻撃してくる。そうなると、時間をかけるほどこちらが不利になる。


「始めるぞ。各自戦闘準備開始」


 オレの声が合図を送る。


 ミズキは錠剤を噛み砕いて飲みこむ。その体が、肉体強化エンハンスで淡く輝く。


 メラルドはライフル銃に弾丸を装填する。


『起動・轟雷電ライサンダー


 呪文によって安全装置を外す。どうでもいいけど、メラルド意外と渋い良い声してるな。もっと喋ればいいのに。


 そしてアマリンが円形盾を起動する。


『守護精霊よ、我を守りたまえ』


 アマリンの呪文(セリフはアマリンのオリジナル)によって、掲げた円形盾の前方に直径六メートルの湾曲した魔術障壁が発生する。その表面には、魔力回路を模した、複雑で幾何学的な模様が流動的に変化しながら回転している。


 この模様を作るのが大変だったんだ。これだけで丸一日かかってしまった。


 ちなみに模様自体は防御効果にはなんの関係もない。オレの、どうしても譲れないこだわりだったのだ。このデザインの格好良さこそが、あまたの魔道具の中にあって特別さユニークを得られるのだ。


「クロス! 問題発生!」


 そのアマリンが叫ぶ。


「どうした!?」

「変な模様が邪魔で、前が全然見えない」


 ……ガッデム! そんな落とし穴があるとは!


 オレはアマリンに、機能を調整するデバッグモードのやり方を教え、エフェクトを最小に調整させた。ただの丸と三角と四角が一つずつゆっくり回るという、単純なスクリーンセーバーみたいな模様になった。


「視界良好! ドラゴンもバッチリだよ!」


 オレの気分はメッキリだよ。まあいい、改良点が見つかったってことは、もっと素晴らしい物を作るチャンスだってことだ。


 気を取り直して、地面に設置した『無限射程の魔槍グングニル』の最終調整をする。


魔術付与エンチャント最大増幅バースト無限射程の魔槍グングニル


 魔力をたっぷり込めて、準備完了だ。あとは、スイッチを押すだけで砲弾が飛び出す。


 そのとき、改めて目標のドラゴンを見たオレの背筋が凍った。


 ドラゴンが、オレを見ている。


 今までどこを見るともなく彷徨っていた視線が、明らかにオレを捉えていた。

 ドラゴンの本能が、敵意に反応しているのだろうか。グルルと唸ると、ドラゴンの周囲にいくつもの魔法陣が浮かぶ。


 とっさに体が逃げ出しそうになるが、よく見ればそれは防御用のもののようだ。すぐに攻撃がくるわけではない。


「いくぞ、みんな」


 もう引き返せない。覚悟を決めろ!


「ドラゴン! オレがお前を解放してやる!」


 叫ぶと共に、耳を押さえてスイッチを踏みつける。


 押さえて尚、気の飛びそうな轟音と共にミスリル徹甲弾が空の彼方へ消えた。


 その弾道にあった、ドラゴンの左肩から脇腹、翼の根元近くの背が、消滅していた。


「外れた!?」


 本当なら、胴体の中心に風穴が開いているはずだった。発射の直前、複数の防御魔法陣が重なり合ってその軌道を反らし、身を捻ってかわしたのだ。


 とはいえさすがにバランスを崩し倒れそうになるドラゴン。が、なんとか踏ん張る。直撃は避けたとはいえ、重傷には変わりない。ここで追撃し、一気に勝負を決める!


羽毛ある蛇神ケツアルカトル!』


 オレは飛翔すると、矢をポーチから十本ほど取り出し、一本を残してばらまく。その一本を隼神の鉤爪ホルスクロウにつがえると、他は宙に浮かんだ。


 ドラゴンに狙いを定める。


 ドラゴンが唸ると、無残な傷口が発光。再生の肉体強化エンハンスだ。この状態でも魔術が使えるとは。だが、さすがにその威力は各段に落ちている。使役魔術に抵抗しつつ、再生と防御、そして攻撃までこなすのは、いかなドラゴンといえども余裕綽々とはいかないようだ。


 が、それでも攻撃用の魔法陣が周囲の地面に無数に現れる。地面が割れ、人間大の岩の楔が作られる。


一点集中コンセントレイト!』


 オレが限界ギリギリまで魔力を込めた矢を放つのと、岩の楔が周囲にまき散らされるのとはほぼ同時だった。


 矢は、一の矢の後ろに残りの全ての矢が一直線に並び、真っ直ぐドラゴンへと向かう。それを、防御魔術が阻む。しかし、集中した数本の矢がそれを破壊、残りの三本がドラゴンの肉体へと到達。


 左肩の傷口辺りを狙ったその矢は、多少傷をつけたものの、肉体の強度と再生魔術によって跳ね返された。


 逆にドラゴンの岩の楔を、オレは必死でかわす。


 ワイバーンの防風の魔術によって大抵の飛来物は防がれるが、さすがにこの質量が直撃したら無事には済まない。だが、前世で弾幕系シューティングで鍛えた弾避けのテクニックの前には、この程度は造作もない。


 メラルドのワイバーンも、空の王者の風格さえ感じさせる軽快な動きで難なく避けていく。


 そのメラルドが、激しい動きの合間に発砲。防御魔法陣を貫いてヒットした弾丸が、頭部を殴られたように揺らす。さすがのヤフィさんの作品でも、ドラゴンに致命傷を与えるにはいたらないか。まあ、ドラゴンの防御を突破しただけでもすごいんだけどね。


 その時、銀光が地を駈けた。


天狼転化てんろうてんげ!』


 ミズキが術を発動しその体が光に包まれると、現れたのは白に近い銀の毛皮を持つ、狼の獣人だ。肉体強化エンハンスは強化の段階で動物や魔獣の姿をとることがある。究極は龍の力をその身に宿すことだと言われている。天狼がどんなものなのかはわからないけど、上の下くらいの能力はありそうだ。


「がうがうがう」


 ヤバい、ミズキが何か言ってるが、わからなくなってしまった。


「あたしは下から攻めるがう」


 通じてた! 最初のがうがうはなんだったのか。

 一気にドラゴンの足元まで走り込むと、右前足の膝裏に跳び蹴り。オレやメラルドを気にして上を向いていたドラゴンは、突然の衝撃に思わず膝を折る。それを足場にさらに肩口まで跳び上がり、目の前の首筋に、噛み付いた!


唯牙吸魂ゆいがきゅうこん!』


 ミズキが魔術を発動。途端にドラゴンがバランスを崩しながらもミズキを払い落とそうと前足を振るう。そうとう苦しそうだ。


 岩をも砕く剛爪が届く寸前に、ミズキは飛び退いている。同時に、意識が下に向いたドラゴンへ向けて、メラルドが頭部へ射撃。メラルドとワイバーンは攻撃と回避を完全に分担していて、戦闘能力としてかなり完成されている。


 オレも負けていられない。ポーチから矢を一掴み取り出し、そのうちの一本を弓につがえると、残りの矢が宙に浮いて待機。そのうちの三本は特別製だ。


一点集中コンセントレイト!』


 一直線に連なって飛ぶ矢の列が、ドラゴンの防御魔法陣に次々とはじかれる。が、その防御を貫いた最後の三本がどの肉体へと到達する。


 直後に爆発三連!


 爆裂刃イクスプロージョンナイフを応用した、爆裂矢イクスプロージョンアローだ。これは命中と同時に爆裂する。


 抉れた左わき腹の辺りで爆裂した。少なからず内臓にもダメージがあるはずだが、必殺にはまだ足りない。


 ドラゴンが大きく翼を広げる。飛ぶつもりか?


「あ、それ、もしかしたら次の攻撃の予備動作かも。そういう場面が描写された作品がいくつかありました」


 アマリンの声が続くが、それを聞いている余裕はもう無かった。ドラゴンの両の翼の間に、無数の緑色の魔法陣が浮かんだからだ。


 次の瞬間には、魔法陣から剣のように鋭い氷の刃がいくつも射出された。


 オレは防風の結界を強化しつつ、魔剣『星空の魔刃ナイトウィザード』を抜き放った。氷の刃のほとんどは結界に吹き飛ばされるが、何かの拍子に突き抜けてきたものは剣で弾く。アマリンの忠告でワンテンポ早く対応がとれた。時には役に立つな。


 とはいえ、地上とほぼ正面からという二方向からの同時攻撃は、正直かなりつらい。STGシューティングゲームでも、弾数は少なくても、二種類の軌道で飛んでくる弾が重なるところが一番避けにくいのだ。


 それでもやるしかない。


遠隔操作リモートコントロール


 オレが呪文を唱えて魔剣から手を離すと、剣はオレの意思通りに宙に浮き、機敏に旋回する。防風の結界を抜けた氷を、魔術の操作で弾く。なんとかなりそうだ。これで右手が空いて、矢が放てる。


 メラルドも、ワイバーンの回避能力で攻撃をくらうことはないが、さすがに動きが激しすぎて射撃の回数が少なく(危ね! オレのすぐ後ろを岩の楔がかすめて飛んだ)なっていた。


 ミズキもちょこまか動いて攻撃しているが、元々頑強なドラゴンには効果が薄い上に、ドラゴンの攻撃を一撃でも食らえば瀕死にもなりかねない。あのドレインっぽい攻撃も、噛みつく必要があるのか、なかなかタイミングが計れない。


 かく言うオレも、取り出す矢を選別する余裕もないし、ゆっくり狙う時間もない。それに爆裂矢も無限にあるわけでもない。


 誰もが、決定打に欠けていた。


「きゃあああ!」


 そのとき、実は今までずっと喋っていたアマリンの声が、悲鳴に変わった。見れば岩の楔の流れ弾が、見事にアマリン直撃コースを辿っていた。

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