第20話 それは万物の頂点なる(決着)

 アマリンに向かう岩の楔が、円形盾の魔術障壁にぶつかる寸前、シャールがアマリンの前に出て輝く左腕を振るう。が、岩の楔は障壁に弾かれていったため、左腕は空振り。唖然としたシャールの顔が、強化したオレの視力でよく見える。輝いていた左腕は、硬質なウロコのようなもので覆われていた。どうやらシャールは高位の肉体強化師エンハンサーのようだ。アマリンを守ろうとしたようで、ちょっと好感がもてた。


 あっちは大丈夫そうだとドラゴンに意識を戻す。


 メラルドの乗るワイバーンが、ドラゴンの頭へ向けて急降下していた。その顔面へ向けてワイバーンが尻尾の毒針を突き出すが、ドラゴンは頭を後ろに反らしてかわし、カウンターで噛みつく。ワイバーンは横回転で回避したが、もし当たっていたら、体半分失っていただろう。


 遠距離からの攻撃では埒が明かないと、近接攻撃を狙ったのだろうが、頭部への攻撃はリスクが高い。しかし、体を狙って致命傷を与えるほどの近接攻撃の手段があっただろうか? 星空の魔剣ナイトウィザードなら確実にダメージはでるけど、どこなら一撃必殺を狙えるか? やはり頭か、もしくは脊椎? ドラゴンの脊椎どこ? 長い首のどこでもいいの?


「ドラゴンの胸の辺りに、宝玉のようなものがありませんか?」


 アマリンが聞いてくる。それにはミズキが答えた。


「パッと見、無いがう」

「無いかー、英雄譚的にはその辺に弱点があったりするんですけどねー」


 そんなものあれば苦労はしない。


「そんな、弱点が剥き出しになってるわけ無いだろ。コケてぶつけただけで死んだら悲惨すぎる。もしあったら何らかの防具でも着けるだろ」

「剥き出しの弱点かー」


 オレはドラゴンの回りを旋回しつつ岩の楔を回避し、魔剣を操って氷の刃を弾く。

 アマリンのしぶしぶといった声が聞こえる。


「じゃあ狙ってみますか?」

「何かあるのか!?」

「金的」

「……」

「あ、オス限定ですけど」


 ドラゴンの? 思わず確認してしまったが、確かにパンツは穿いてない。

 そこにメラルドの声が聞こえた。


「普通のトカゲでも見たことが無い」


 そういえばそうだな。


「あー、確かに無いね。がうがう」


 ミズキが実際に見て確認したようだ。

 いや、あったらあったで殴るつもりだったのか? ひゅんってする。


 しかし、そうなるともう、端から魔剣で刻むしかないか? 再生能力を上回るダメージが出せればいいのだけれど。

 そのとき、唸るような言葉が聞こえた。


『死ぬわけには……操られ……しかし、死んでは……』


 ドラゴンの様子がおかしい。常に何かに耐えていたような、身をがすくんでこわばっているいるような感じが、ほぐれていく。


「三つ目の攻撃がくるかもしれません! 勘ですけど!」


 アマリンが叫ぶ。でも今回はオレも同意!


「総員退避!」


 叫んだとほぼ同時に、ドラゴンの回りを囲むように、巨大な魔法陣が現れる。色は紫。

 個性ユニーク魔術か!?

 ゴオッとドラゴンが吠えると同時、ドラゴンを薄紫色の球状の霞が包む。これは?


「きゃあ!」


 逃げ遅れたミズキが、その紫の霞の端の方でふらついている。

 オレは加速し、ミズキをすくい上げるように回収するが。


「まさか、対抗魔術カウンタースペルの結界!?」


 飛翔魔術が打ち消され、危うく地面にぶつかりそうになる。オレは魔力を強く込めて、再度飛翔する。腕の中のミズキは、術が解けて元の姿に戻っていた。


 ミズキを離れたところに下ろすと、オレは再び上昇した。

 メラルドは少し離れたところから再びライフルを撃っているが、威力強化の魔術が解除されるのか、今までのような効果が出ない。

 オレも矢を取り出し放つが、防御魔法陣を貫くことが出来なかった。

 そのうえ、ドラゴンの岩の楔の魔術と氷の刃の魔術は逆に威力と精度が上がっているようだ。防御魔法陣も健在だし、そっちは打ち消されないとか卑怯だぞ!


「ドラゴン第二形態?」


 アマリンの呟きが聞こえた。


「多分、今まで使役魔術サモンに抵抗するために使っていた対抗魔術カウンタースペルを、身を守るために変更したんだろう」

「じゃあ、ドラゴンは操られることの抵抗を止めたの?」

「完全じゃないと思うけど、半分操られてるんじゃないか? 魔術の効果が上がってるのはきっとそういうこと」


 しかしこの対抗魔術カウンタースペルの魔力回路、凶悪な効果のわりに意外と分かりやすい構成をしてるんだな。


「これなら自分でも作れそうだな」

「んなわけ無いでしょ。魔力回路が複雑に絡み合うのは見てて綺麗だと思うけど、芸術ってのは簡単に見えて真似出来ないから芸術なのよ」


 アマリンがそれっぽいことをのたまう。そんなもんなのかな。

 そんなやりとりに、シャールが割って入る。


「そろそろ諦めたらどう? 死んだら元も子もないよ」


 確かに正直ジリ貧だ。こうなると、ミズキもメラルドも攻撃手段がない。オレだけが唯一ドラゴンへの攻撃が届く。それならそれで出来るところまでやってみるだけだ。


 オレは魔弓をしまい、魔剣を両手で構えると、一度深呼吸し、気持ちを落ち着ける。


 そのまま一気に加速する。


 上下から迫る岩や氷を避け、ドラゴンの首の付け根辺りを目指して一直線。


 紫の霞に突入すると、とんでもない勢いで魔術が中和されていく。オレは負けじと剣と革ジャンに魔力を流し込んだ。これだけ思う存分魔力を放出したのは初めてかもしれない。今までは体なり魔道具なりに負担がかかっていたからな。


 オレはさらなる魔力を星空の魔刃ナイトウィザードに注ぎ込む。


空破断ディメンションクロス!』


 次元を断つ必殺の魔術を発動。刃の赤い輝きが、オレの突撃を迎え撃つ防御魔法陣を砕いて進む。


 この状態を維持しながら、接近戦をすることになる。切れ味は折り紙付きだが、いかんせんこの体格差である。多少切りつけたところで、回復されてしまえば意味がない。一撃で致命傷を与えるのが理想だが、急所を突くのは簡単ではないだろう。


 だが、やってみなければわからない。


 オレは渾身の魔力で魔術を維持し、ドラゴンへと突き進む。


 そのとき不意に、紫の霞を抜けた。


「え?」


 対抗魔術カウンタースペルの効果範囲は、球状ではなく、分厚い卵の殻のような、中空になっているものだった。


 抜けた瞬間、目の前あるのは、ドラゴンの大きく開いた口だった。その喉の奥が、赤く光る。

 まさか竜の息吹ドラゴンブレス!? いや、これは炎の吐息ファイアブレスの方か? どっちにしろ今はそれどころではない。緊急事態はオレの手の中にある。


 通常時に使う魔力の、数十倍近い魔力を注ぎ込んでしまった。星空の魔刃ナイトウィザードが頑丈なぶん、そこに蓄えられた魔力が暴走したときどれだけの爆発が起こるのか、想像もつかない。


 しかし、ほんの数瞬後にはそれが起こる。


 オレは覚悟を決める時間もないまま、とにかく柄を強く握るしかなかった。

 そしてそれは、思いもよらない結果をもたらした。


 オレの目に映ったのは、刃に沿って広がる赤い輝き。それが扇形に広がり、ドラゴンの体を貫通し、地面へと吸い込まれて消えた。


 赤い光はすぐに消えた。しかし、それが触れていたところは、全てが切断されていた。


 ドラゴンの全ての魔術が同時に消滅し、ドラゴンの首が、グラリと揺れて落ちた。胴体も上半身と下半身に、斜めの切り口で分かれて倒れる。


 そこへ、切り裂かれた山肌の一部が岩雪崩を起こし、ドラゴンの体を押しつぶしていった。


 それはあっという間だった。気付けば、崩れた岩の下から、青色サモンの魔法陣が崩壊する光が見えた。ドラゴンが解放されたのだ。


「……は?」


 それは誰の声だっただろうか。もしかしたら自分のだったのかもしれない。そのあと、しばらく無言の時間が過ぎた。誰もが同じ疑問を抱き、その答えは誰も持ってはいなかった。聞こえるのは風の音だけで、それが空白となった事態の静けさをさらに際だたせていた。


「終わったようだ」


 最初に言葉を発したのはメラルドだった。ドラゴンを喚び出した使役魔術サモンが完全に消えたことを確認したのだろう。


「え? は? え?」


 短い疑問の声を出すマシーンとなっているのはシャールだ。理解が追いつかないのだろう。実はオレもそうだが。


「やったー!」


 大きな声で喜びの声をあげたのは、再び天狼の姿になっていたミズキだ。ぴょんぴょん飛び跳ねながら、大きく手を振っている。


「いったん集まろう」


 オレが言ってアマリンの方へ向かうと、メラルドとミズキもそちらへと続く。


 途中で、背中から翼を生やして飛ぶシャールとすれ違う。ドラゴンを確認に行くのだろう。っていうか空飛べるんじゃん。なんでオレのゴンドラであんなに酔ってたんだ?


 アマリンの所まで来ると、アマリンは動画を確認していた。


「本当に? 本当に倒した。ドラゴンを? ドラゴンを!」


 アマリンが顔を上げて叫ぶ。


「すごい! 私達、竜殺しドラゴンスレイヤーですよ! 名誉称号ですよ!」


 天然物ならともかく、召喚獣はノーカンだと思うぞ? 実際やってみてわかったが、正直、万全のドラゴンだったら今は勝てる自信はない。


 そこにミズキが到着し、二人してキャーキャーと跳ね回っている。


 メラルドも合流。ワイバーンを魔術から解放すると、空の王者は青い光の粒となって広がって消えた。ゴトリと落ちた鞍をメラルドが拾い上げる。それを持って荷物置き場に向かうと、鞍を置き、ライフル銃を分解して箱にしまう。その手が震え、うまく分解出来ないようだ。戦闘の興奮や緊張が抜けきらないのだろう。


「クロス、すごい! 本当にやっつけちゃったね!」


 ミズキがオレの背後から抱きついてくる。


「どうやったの? なにやったの?」

「そう、なんかこう、すごかったですね!」


 アマリンが続ける。


「でっかい団扇うちわみたいなのがバッて広がって!」


 う、団扇? そんなだったか? だが検証はとりあえず後だ。


 シャールが戻ってきた。


「本当に、消滅しています。死体は残っていませんが、残存した魔力回路を確認した結果、使役魔術サモンで喚び出された投影体シャドウでした。それは私が間違いなく証言いたしましょう」


 シャールは町長側の人間だ。いざとなったら証言を覆す可能性もあるが、こちらにはアマリンが撮っていた証拠映像もある。仮に町長がそれすら受け入れないとしても、オレ達が受けた依頼は『ドラゴンの足止め』だ。指定の期間ドラゴンの進行を止めたこと自体は真実であり、すでにドラゴンが存在しない以上それを否定出来ない。


 依頼達成の報酬は、確実にいただく。


「じゃあ一休みしたら、さっそく戻ろうぜ」

「え? もう帰るの? せっかく来たんだし、もうちょっと……」


 ミズキは周りを見回す。なにもない山岳地。


「別にいっか。帰ろ」


 そういったミズキの姿が、何か変だ。いまだ天狼の姿なのだが、それがもう元に戻りかけている。あの太陽の黄金サンゴールドの薬の効果はもっと保つはずだが。ドラゴンの対抗魔術カウンタースペルで魔力が中和された影響だろうか。


 ただし、完全には元に戻らない。一部、ほんの一部、耳と尻尾が天狼のままだ。


 つまり、ネコ耳状態。いや、イヌ耳状態か。


 不覚にも可愛いと思ってしまった。

 いや、別に可愛いと思うこと自体は問題ないのか。


 みんなで片付けをし、帰り支度をすすめる。必要な物を回収してゴンドラに乗せる。準備はすぐに終わる。


「どうしてそんなに急ぐの? 急いでどこ行くの?」


 アマリンがゴンドラに乗り込みながら聞いてくる。


「帰るだけだよ。ただ、こっちに向かって来てるはずのドラゴン討伐隊と鉢合わせたくないんだ。町からここまでの間で追い越さなかったから、別の方向から来るんだろう」


 シャールが最後に、とても嫌そうな顔でゴンドラに乗り込む。自分で飛べるからこそ、他人の操縦が苦手とかそういうのだろうか。


 なんにしろ、さあて、凱旋といきますか。



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